26、気持ちは伝わる。

 それは、あれだ。青天の霹靂? そりゃ、雷も落ちるって! この驚き、それ位!
「え・・・ええええええ?」
 何それ。何それーっ? 早月がそんなこと言うなんてっ!?
 あたしは、あまりに驚いて「え」を言いまくった。その一文字しか言えなかった。もどかしいっ。我に返るため、早月の腕を掴むと、こっちを向かせて問いかける。
「どっどこに!?」
「え? 別に、どこでも良いよ」
 早月は、「どうしてだ!? どうしてなんだ!? お前はどうして、そんなにいつもと変わらない表情でそんなことを言うんだー!?」と、思わず叫びたくなるくらい変わらない表情で言った。驚いたあたしが馬鹿みたいじゃないかーっ!
 あわわわわ? どうしたんだろう、早月。何なんだろう。どういう意味なんだろう? 「コンビニ行くけど、どうする?」位、曖昧だ。いや、それ以上だ! 一体こいつは、どんなつもりでこの言葉を言ったのだろう? あたしで何を実験してるんだ、お前は! モルモットか、あたしはっ! そう叫びたくもなる。
「なな何で・・・そんな珍しいこと言うわけ?」
 悔しくて、平然を装うもあたしの声は震えた。同時に思う。ああーっ。あたしの馬鹿ーっ。「じゃあ良いよ」とか言われたらどうする! 「やっぱ、やめた」って言われたら、悲しくない!? 楽しそうじゃん! 滅多にないチャンスじゃん! 行けばいいじゃん。行きたいじゃん! うわわわ。どうしよう。今の聞かなかったことにしてーっ。
 結局自分の愚行に、疑問も何も吹っ飛んだ。ああああぁぁ。やっちまったい。後悔。後悔の嵐。言わなきゃ良かったーっ。と、思った一言。
 しかし早月は意外にも、その理由をハッキリ答えてくれた。
「敢えて言うなら、お返しかな」
 ・・・ですって。そう言って、僅かに口の端を持ち上げる。それは、人のことからかってる、可笑しそうな笑顔とは違う。あたしがミルクティーを「美味しい美味しい」言って飲んでる時に、時々見せる表情に似てる。・・・あの、優しい表情。
「・・・は?」
 しかし早月のその柔らかい表情とは反比例して、あたしの表情筋は一瞬で瞬間冷凍された。カッチン、と音を立てて固まる。
 ・・・はい?
 その瞬間、雨霰雷鳴轟いていたあたしの中は、一瞬にして曇り模様となった。一面覆い尽くした真っ白い雲。霧かもしない。映像が途切れたみたいな、ただの白。
 つまり思考がストップしたというか、何というか。・・・真っ白。うん。ただ、真っ白になった。つまり、放心状態。ヒューズが飛んだ状態って言えば良い?
 ご存じの通り情けないことに、あたしにとって余り珍しい状態ではない。ただ疑問過ぎて、その状態はいつもよりも濃く、そして長く続いた。
 ・・・お返し?
 その言葉を反芻すると、やっと頭が回り始めた。色々なことが頭の中を駆けめぐる。「お返しだからか。じゃあ、何でもないけど誘ってくれたわけじゃないのか」とか「じゃあ、気持ちよく遊んで貰おうか」とか「お返しだからって事は、別に遊びに行きたいって事じゃないのか」とか「どうしようかな」とか「どうしようも何もない」とか「取り敢えず、理由はどうでもいいや」とか「いや良くない」とか。「で? 結局どうする?」とか「答は決まってる。行く!」とか。「結局行くんじゃんあたし。ははは・・・」とか。「じゃあ、やっぱもう良いじゃん」とか。「そっか。どうでもいっか」とか。・・・ああ、まどろっこしい・・・。面倒くさい。「とか」要らないじゃん・・・。
 って、ちがーう!!! 逸れてる! 話が逸れてる! あたしの馬鹿ーっ。
 お馬鹿な自分の思考回路に、あたしは思わず頭を抱えた。
 行くよ!! 行くかどうかって聞かれたら、行くよ! 行きたいよ!! でも、今あたしがとっても不思議なのは、そのことじゃないでしょーが!! あたし!!
 そして、考え始める。改めて考え直す。お返し? 何だ? お返しって??? 何だ? って。 
 考える。考える。考える。でも分からない。普段使ってないから・・・じゃなくて。
 ・・・大体。そう。大体、早月と一緒にいることなんて早月の部屋ばっかりで、そこであたしが早月にお返しをされるようなことなんてしている筈がない、のだ。無いのに、どうしてお返し?? 早月は、いったい何のことを言っているんだろう? 何かした? 何かしたのか? あたし。どうしよう。全然覚えてない。何のことか分からない。全然分からない。
 あぁあああぁぁぁーっ。分からないっ!!! 全っ然、覚えてない!! お返しって何さ!!! あたし、何をしたーーー!? いやー! 全く思い付かない! 教えて、お願いーっ。
「さ、早月ぃ・・・」
 これ以上聞いたら、機嫌損ねちゃうかなぁ・・・。そう思いながら、お隣さんを呼んだ。あたしは珍しく、おどおどしながら。
 でも知りたい。
 そう葛藤しながら、早月を見上げた。早月がこっちを向いたから、あたしは肩を竦める。だって申し訳なくて。何だか、申し訳無くって。そして、小さな声で言う。
「あの・・・な、何の・・・お返し??」
 そう言ってから、またしてもちょっと後悔。あたし慌てて首を振って言う。そうじゃないっ。別にそれが分からなきゃ、どうとかじゃなくてっ。って思って。
「で、出掛けたいけどっ。つーか、行くけどっ」
 そのあたしを見て、早月は可笑しそうに笑った。そして、不意打ちとも言えるタイミングで答をくれる。
「バレンタインの、お返し」
「・・・」
 ・・・バレンタイン?
 あたしは、しばらくその言葉の意味が分からなかった。ううん。信じられなかった。・・・だって。
「・・・え?」
 ・・・うっそ。
 その言葉を理解するや否や、あたしの顔色は一瞬で真っ赤になる。街灯の下。どこまで早月に、ばれていただろう。・・・ううん。そんな、ことよりも。
 ・・・気付いてたの????
 驚いた。あんな回りくどい行動に気付いてくれたなんて。
 驚いた。凄く驚いた。でも、それと同じくらい嬉しい。それは、どんどん大きくなって。
 嘘、でしょー・・・?
 泣きそうになった。でも、笑いたくもなって。
 そんなことを考えていたら、どんな顔したらいいか分からなくなって。ただ残った「分かること」は、早月の隣に居たいって気持ち。
 あたしは早月の腕にしがみついた。それから。
 顔を見せないように、そこに顔を伏せて。
「お返しって・・・それ、どういうつもり、なの?」
 照れ隠しに、小さな小さな声で聞いてみた。泣きそうなのとか、笑っちゃいそうなのを堪えるために聞いてみた。
「さぁー。お前がどんなつもりだったのか分からないから、答えようがないけど」
 早月の声は、いつもの通り。いつも意地悪する時みたいな、からかう時みたいな、そんな声。
 腕を貸してくれたまま。あたしの方を見ないで、そう答えた早月。
「・・・ずるい」
「・・・そうかなぁ?」
「・・・」
 あたしは頷く。何度も頷く。涙を堪えながら、笑って。
 何度も頷く。そうだよ。ずるいよ、早月は。そう思いながら、何度も、何度も頷く。
 ずるいよ。だって、ずるいよ。ずるい。早月は、ずるい。分かってるくせに分からないふり。こうしていてくれること、あたしが感謝してるの分かってるくせに見ない振り。全部分かってて、早月はいつも優しい。
 優しい。それをあたしは、いつだって。隣に行けば、いつでも貰えて。いつだって、暖かくて。

 あたしは、こっそり早月を見上げた。早月は気付かない。通り過ぎていく車を見てた。
 その横顔に、伝わるように思う。

 ホント、いつも。

 言葉にしようとした、この気持ち。でも、それは声にはならなくて。だから。
 ホントに、いつも、いつも。
 ただひたすら心を込めて、早月に感謝。

 ありがと。早月。ホント、ありがと。早月が、お隣さんで良かった。本当に嬉しい。

 嬉しい。その気持ちを込めて。
 もう一度。早月の腕を抱きしめた。





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