24、今日も今日とて、お隣さんち。

「ううっ。さむーっ」
 性懲りもなくやってきた、お隣さんち。まだまだ寒い、三月の半ばのある日。ダッフルコートを着たまま、あたしは階段を静かに上った。
 あうあうあう。寒いよう、寒いようーっ。春だろー? 一応春なんだろー? 今ー。どういうことだよー。春ーっ。
 春に文句言いまくり。だって寒いんだもん!! 隣家に来るだけで、もう寒いったらない。早月、ストーブ点けてるかなぁ? 頼むから点けててくれーっ。
 そんなことを思いながら開けたドア。その瞬間、ほわん。と、ちょっと暖かい空気が頬を撫でてくれる。あああーっ。良かった。暖かい。
 背中を向けたままの早月。相変わらず、勉強中の模様。
「お邪魔ー」
 小さな声でそう呟いて、あたしはストーブの前に陣取った。うう、暖かい。手が痛いよう。悴んでるよう。足も痛いよう。半べそを掻きながらストーブにかじりつく。もう離れられない。ストーブ。アイラブストーブっ。他に愛するモノはないかと言われても、今はお前が一番。ラブ温風。
 そんな馬鹿なことを考えていたら、思い出した。そうだそうだ。今日は月九を見に来たのだ。と。相変わらず、こんな理由でばかりお邪魔している毎日。
「おいしょっと」
 コートも脱がずにストーブの前に陣取ったまま、定位置に置かれていたリモコンを手にとった。そして、スイッチオン。おお、始まってる。
 ちょっと音量を小さくして、ついでと言っちゃ何だがストーブを「強」にして方向を変えると、あたしは早月の座っている椅子に寄りかかり、膝を抱えた。








「コートくらい脱げば?」
 エンディングが流れ始めた途端に、そんな声が上から聞こえてきた。何だよー。余韻に浸ってるのに。そう思いながら見上げたあたしに、フードがバフッと被さる。
「わっやめ」
 あわわわわ。と、慌ててフードをとって髪の毛を撫で撫でしていたら、早月が椅子を下げて押しやられた。
「いててて。なーにすんだよー。早月ーっ」
「邪魔」
「・・・」
 むう。何だ、その言い草は。それがピチピチの女子高生に言う言葉なのか。って・・・ピチピチ? 女子高生の使う言葉じゃないかも。
 早月は、そんな事を考えているあたしを放って、肩を回しながらドアに向かった。慌てて気を取り直して、その背中を睨む。早月めーっ。勉強してたからって偉そうだぞ!? そう思いながら、口をへの字に曲げて睨む。
 それ以前に、ここが早月の部屋であることは見て見ない振り。勉強していた早月が、少なくともあたしよりは偉いことも見て見ない振り。何でも見なきゃ、それで良いのである。そんで「早月めーっ」って言っていれば、それで良いのである。
 しかし早月は、もう完全にあたしを無視して部屋を出ていく。「けっ」と小さく呟いてあたしは立ち上がり、何だかんだ言って言われた通りコートを脱いだ。ちょっとだけ寒い。ま、いっか。
 早月の椅子にコートを引っ掛けて、早月がしていたように肩を回す。早月は早月で疲れているかもしれないけれど、あたしだってずっと座りっぱなしで疲れたのよっ。という・・・せめてもの主張。ま、何にも知らない人が見たら、勉強疲れな高校生に見えたことだろう。よし。世は満足じゃ。
 つまらないことに意地を張って、「うーん」と、もう一度体を伸ばした。そして机の上の教科書やノートが全部閉じられているのを見てから、枕を持ってもう一度座る。
 勉強、終わったのか・・・。
 そう思いながら、枕を抱きしめた。・・・あれれれ? 何だろう。ちょっとだけ、嬉しいかも。ちょっとだけ、ほっぺたが弛むのを感じる。
 そんな自分に苦笑した。
 だって、あれれれ、なんてただの言い訳。理由は単純明快。だって、これから構って貰えると思ったら、さ。へへへへへ。
 おかしいなぁ。あたし・・・。
 一ヶ月前のバレンタインデーから、ちょっとした変化を感じてる。早月のこと、一緒にいる時間が、今までよりも大切になった。それは、あたしの中でとても嬉しいこと。大切なモノが増えたって事。それに気付けば、もっとそれを大切に出来る気がする。表面に表れるかどうかは、また別の話だけど。
 結局、康子ちゃんと尋ちゃんの、お陰だろう。持つべきモノは友達。
 そんな訳で幸せを改めて噛みしめつつ、のんびりゆったり早月んちタイムを楽しんでいる今日この頃。
 うん。ま、いっか。
 悔しいけど嬉しくて、一人きりだったけど枕に顔を埋めて、笑った。
 うん。いい。絶好調。あたし。
 満足。そう思っていたら。
「おい」
「ぎゃっ!?」
 いきなりドアが開いて、早月が顔を覗かせる。そりゃもう、かなり油断していたあたしは、ひっくり返りそうになってしまった。ああああ、危ないっ。ひっくり返ったら早月の椅子に頭をぶつけるっ。馬鹿になるっ。馬鹿にーっ!
「よいしょーっ」と心の中で叫びながら、慌てて体を起こした。そして事なきを得たものの、ドキドキする胸を押さえるように、枕をギュッと強く抱きしめる。 
 なななっ? 何よ、いきなり!! ノックぐらいしなさいよ!!
 動揺で真っ赤になって、そう言いたかったけれど言えずに口をぱくぱくさせたあたし。それを見て、顔を顰めて早月は言った。
「可愛くねぇ悲鳴」
「ううう、うるさいっ。何よ!? いきなりっ。ビックリすんじゃん!」
「あー、そう」
 そりゃ悪かった。と、全然悪くなさそうに棒読みで言った早月は、部屋に入ってきて机の上の教科書とノートを一冊ずつ手に取る。
「?」
 あたしは、それを黙って見上げていた。どうしたんだろう? 何だろう? 早月は上着を取りながら、そんなあたしを見下ろして言う。
「コピーが必要なの忘れてた。コンビニ行くけど、どうする?」
「コンビニ?」
早月がこの言葉を、どういうつもりで言ったかは知らない。行く? 待ってる? 何か必要なものある? 帰る? ・・・うーむ。「どうする?」って言葉は曖昧過ぎだ。あー。でも、そんなことどうでも良いやっ。
「行くっ。一緒に行くーっ」
 お出掛けっ。お散歩ー。最寄りのコンビニまでは徒歩約十分。早月と外出るの久々だったあたしは、迷うことなく手を上げてそう言った。





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