23、例えばこんな、伝え方。

 目を閉じて、蹲って、でもいつかのように寝ることはなく、ずっとその振動を感じていたあたし。昨日よりずっと時間の過ぎるのは早くて遅い、不思議な感覚。濃くて甘くて暖かい、早月がくれる冬のミルクティーみたいな時間。一緒に居るだけで感じられるのは、今までも今も、そんな時間。きっと、きっとこれからも。
 それを、じっと噛みしめていた。いつまでも感じていたいと思った。今日が途切れても明日。その次も。僅かな振動も、小さな音も、何一つ欠けることなくて。そして、そこにはあたしも居て。そうしたら、いいのに。って。






「!」
 不意に、その振動が今までで一番大きくなる。ぴくんっ、と小動物のように反応して顔を上げたあたしは、慌てて早月を見上げた。早月が、体を起こして肩を落としてる。本を閉じているのか、僅かに右手だけが動いていた。
 勉強が終わったんだ。そう思い、膝を付いて立ち上がった。そして躊躇うことなく、その肩をがっしりと掴む。そりゃもう、遠慮なくがっしりと。
「わっ?」
 不意の攻撃に驚いたのか、早月の肩が強張ったのが伝わってくる。そして振り返った早月の肩に手を置いたまま、あたしは背中に隠れるようにして言った。
「おつっ・・・かれ様」
「・・・は?」
 自分の背中に隠れたあたしを、早月は目で追うように体を捻る。それを肩を押して制して、あたしは「ま、ま、ま」と、前を向かせた。
「?」
 早月はきっと不思議に思いながらも、それに従ってくれる。やれやれ。顔が見えなくて、というか見られなくて、あたしは一安心。
 小さくほっと息を吐いてから、早月の肩を揉んでみた。勢いに任せて力を入れて。でも、絶対痛くないように。
 ・・・ちゃんと「気持ち」を込めて。
「? 何だよ」
 大人しく前を向いたまま、早月が言った。
「・・・何となく」
 早月がいつも通りの口調でそう言ってくれるから、あたしもいつも通りの口調で応えられる。そんなことにも、今日は気付く。
「肩揉み、したくなったの」
「何それ」
 早月が笑う。触れていた肩が震えて、心臓が高鳴った。それを落ち着けるために、あたしはボソボソと面白くなさそうに喋る。
「・・・だからぁー、えと・・・お父さんに・・・うまいって言われたの。肩揉み。・・・だから」
 だからなの。それだけなの。誉められて、調子に乗ってるだけなの。そんな感情を見せるようにして、あたしは言った。何だか、悔しくて。
 ・・・悔しい? ううん。ホントは。
「ホントに?」
「・・・うん」
「へー」
「何よー」
「別にー」
 早月は、何だか可笑しそう。だからワザと、からかわれているのが面白くないような声で、あたしは照れを隠す。・・・そう。ホントは、「照れ隠し」なんだ。結局。自分でも分かるくらい、そうなんだ。
 照れる。そうなんだ。悔しいけど照れる、のだ。本当に。思っていた以上に。だって、早月に触れるのは、ちょっとしたことでは結構あるけど・・・こんな風には無かった、から。
「こんな風に」。うーんと・・・うん、と。・・・だから・・・こんな風に、さ。触れるのが自然だと思うような触れ合いじゃなくて、「お疲れ様」って。いつも、その・・・「ありがとう」って。改めてそんなことを思いながら早月に触れたら緊張、して。
 でも、ただ、それだけ。それ以上のことなんか、今は分からない。考える余裕がなければ、思いもしない。目の前の感情に頭がいっぱい。丁寧に肩揉みするので、手一杯。それ程までに、これはあたしにとって大切な行動。たかが肩揉みでも、ね。
 結局、それ程大きな今現在。
「それ、いつのこと?」
 また、からかうようにそう言った早月は、ずっと前を向いたまま。たったそれだけのことが、あたしにとって、どんなに大きな安心だろう。どうしてこいつは、あたしの望んでいることが分かるのかな。あたしにだって分からないのに。
 不思議だなー。早月って。そう思いながら答えた。
「・・・ちょっと前」
「ちょっと?」
 早月は、どこまでも可笑しそうに、そう言う。いつもと同じように、そう言う。
「・・・」
 だからあたしも、いつものように思う。ああ、突っ込まれてしまった。ま、そだね。いつもここにいるのに、お父さんの肩を揉んでいるわけがない。早月には、分かる筈だ。そりゃ。なんて、そんな戯けたようなこと。
 あたしは観念して、本当のことを言った。
「・・・幼稚園の時」
「幼稚園? ・・・ちょっと?」
「ちょっとなのっ」
「はいはい」
 早月が、また笑う。何よー。笑うなよー。くそーっ。早月めーっ。

 でも、そう思いながら。
 ・・・うん。
 そんな風に、いつものノリでそう思いながらもホントは、早月が笑っていて楽しそうなのは、気分がいいと思ってた。じわり、じんわり。それは、あたしに染み込んでいく。夏の冷たい水とか、冬の暖かい毛布とか、そんな感触。心地良い。
 あたしは一人、こっそりと笑いを噛み潰す。早月には見せられない、でも我慢が出来ない程の、きっとそれは幸せの証。


 その日、早月が入れてくれたミルクティーは、心持ち甘い気がした。





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