20、vsチョコレート。

 お父さん宛のチョコを、ベッドに寝っ転がりながら蛍光灯にかざしてみる。○○ホテルって書かれた小さな袋。エビを入れる前に取り出したから、うん、袋に皺もない。有り難みがないって思ったけど、こうしてみると結構豪華そうに見えるもんだ。
 初めて買ったチョコは、父親にだった。そう言うことになった。本日付けで。
「・・・」
 傾けると、中で箱が移動して小さな音を立てる。カサッカサッ。テープで留められた袋の口から覗いたら、値段の割に小さな箱だった。うーん。ますます高級感が感じられる。
 起き上がって、それを膝の上に置いた。それを両手でいじりながら、ほんの僅か、ほんの僅かだけ、これを早月に渡そうかと考える。
 ・・・考える? おい。あたし。
「駄目だって」
 あたしは自分を詰るように、声に出してそう言った。駄目だって。失礼とか、誰にも分からないからとか、お母さんにお父さんのって言っちゃったからとか、そんなことを考えるまでもなく駄目だって。駄目とかそういう・・・そういう問題ですらない。
 とにかく、そんなことは、しない。したくないから。意味のない嘘を付いて、誰かを悲しませるくらい価値が無くて気の重いことだ。少なくとも、あたしにとって。それをやったからって、誰も気付かないことは分かり切っていても。
 駅ビルの中の、個々には思い出せもしないチョコの群を思い出す。これ以外には記憶にない、スーパーの特設会場も思い出す。これを手にしていなきゃ、これだってあたしの記憶には残らなかっただろう。
 結局、あたしにとってはその程度のモノで。
 早月にとっては。
「・・・」
 どんなモノになるのか。って、思って気付いた。あいつ、きっと他の子から貰うだろうな、って。あいつが手にするのは、もし上げたとしてもあたしからのチョコだけではないんだ、って。きっと。
 ・・・ううん。きっと、じゃない。間違いない。貰うに決まってる。つい最近、言っていたじゃないか。偶然だけど、知ってしまったではないか。振った子もいるくらい、それが二人や三人や四人じゃないくらい、あいつはモテいるのだ。モテる、らしいのだ。未だに信じられないけど、それが事実。
 そしたら、少なくともあたしを含めて二つのチョコがあれば、特設会場のチョコみたいに見分けの付かないそこにあるチョコの内の一つになるだろう。なーんだ、それ。そんなもんなのか。ま、別に・・・それでも、良いけどさ・・・。
 だったら別に・・・上げなくても・・・。
 そう思って、あたしは目を丸くする。そして自分の発言に「馬鹿言ってんじゃないよ!」と、思わず叫んだ。
 何言ってんのよ。馬鹿じゃないの? あたし。別に良いじゃん。それこそ望むところじゃん。さり気なく通り過ぎて貰った方が良いじゃん。他の子から貰って、あたしのがどれか分からなくなったら、それこそ万々歳じゃん! そっちの方が、上げるの気が楽じゃん! ただの、お礼なんだし。ただの・・・何で、ちくしょう。お礼なんか・・・! くそーっ!
 思わず目の前のチョコをぶん投げそうになって、あたしはもやもやを何とか押さえつつ、震える手でそれを机の上に置いた。素晴らしい自制心。そりゃ、贈り物を投げつける程、あたしも非常識じゃないよ。うん。って思いつつ・・・危ない危ない。本当は、投げつけそうだった。良かった。
 そう思いながら、命拾いをしたチョコを見た。○○ホテル。そう書いてある面が、丁度あたしの正面を向いている。偶然。完全に偶然の仕業。・・・というか、あたしの仕業なのだが。
 それを見て、あたしの眉が吊り上がった。「え? 何様? その偉そうな感じ」何故か、そんなイチャモンを付けてしまう。
 何? 何だよ。でっかく目立っちゃってさ。中に入ってるのはチョコでしょ? 生チョコったって、すっごい美味しくたって、すっごい人気があったって、チョコはチョコでしょーが!
 ホテルには何の罪もないが、何だか嫌いになりそうだ。それを睨みながら思う。
 世話になってるのは、分かってるよ? 分かってるけど、別にこんな・・・いや、違う!
 あたしは息切れしそうになって、胸を押さえて深呼吸をした。そして、それを見ながら思う。
 あんたはお父さん行きなんだから、そこで大人しくしてればいいのよ。美味しく頂かれるのを待ってればいいのよ。隙を伺って、あたしも食べて上げるから。その時に美味しい状態でいれば、それで良いのよ。美味しくなかったら許さないわよ。分かってるんでしょうね!? ってことで、暫し待て! よし!
 部屋で一人、チョコに叫び息切れしているあたしは、自分でも分かっているが相当怪しい。でも、今はそんなことに構っていられないのである。そんなこと、どうでも良いの。問題は・・・。
「もう、いやーっ」
 考えたくなーい。
 あたしは枕で顔を覆って、チョコを見えないようにして叫んだ。あああぁぁぁ。もう考えたくない。見たくない。どっか行ってよ。○○ホテル。バレンタインー!!
 ごろんごろんと転がって、あたしのベッドの上は無茶苦茶。知るかーっ。あたしの方が無茶苦茶だーっ! うおーっ。
「美優? あんた、さっきから一人で何騒いでるの?」
 こんこん。とノックの後、お母さんがそう言ってドアを開けた。やべっ。と、あたしの動きも思わず止まる。
「・・・」
「・・・」
 そして、母子は無言で見つめ合った。しばらくそのまま、時間は止まった。
「・・・」
 やがて母は、落ちかけている毛布の上で暴れていた娘を見て頭を抱えると、そのまま無言でドアを閉める。パタン・・・と寂しい音が部屋に残った。
 あの・・・ねえ、お母さん。怒られるのもイヤだけど、そうやって無言で去られると、残された娘は結構切ないの。何か言ってー。カムバック、マミーっ。

 でもやっぱり、お母さんにもあたしのテレパシーは通じなかったようだ。シーンとした部屋には、もはや誰も入ってくることはなかったのであった。





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