12、そう言っちゃ身も蓋もない。

「俺はカフェ店員か」
 そう言いながらも、早月はミルクティーを作ってきてくれた。ご苦労ご苦労。ありがとうなのである。
 康子ちゃんとか尋ちゃんに言ったら「あんた、またそんなことさせてー」とか言われそうだけど、だってしょうがないじゃん。勝手に入り込んで好き勝手やっているとはいえ、ここは他人の家なのである。他人の家で、ミルクティーを作るわけにはいかないのである。
「うーっ。おいしーっす!」
「・・・ったく・・・」
 そう言いながら向かいに座り、あぐらをかくと早月もお茶を飲んだ。今日はストレートティーの模様。
 早月は色んなモノを飲む。コーヒー。紅茶。日本茶。その日の気分次第らしい。まあ、あたしはいつもミルクティーに夢中になってて、普段早月が何を飲んでいるかとかは、ぶっちゃけ気にもしていないのだが。
「ねえねえ。あのね。あのね」
 ミルクティーは、心も喉も潤す。偉大な飲み物だ。これで、お喋りにならないわけがない。あたしは、何となくいい気分で早月に声を掛けた。
「何?」
 早月がカップを床に置いて、あたしを見る。
 あたしは両手でカップを胸の高さに上げたまま「実は今日ね」と切り出した。そして、「お昼に康子ちゃんと尋ちゃんに早月が勉強しているところで遊んでるって言ったら二人がビックリしてたから、今日は遠慮して静かにしてみたのーっ」。と、事実を暴露する。ま、静かにしてみたも何も寝ていただけなのだが、そこはほれ、どこかに置いておいて。
「で、どう? どうだった? 静かなひととき」
 身を乗り出したあたしに、早月はビックリしたように一瞬目をを丸くしてから、次に困った様な顔をした。「ど・・・どうって言われても・・・」と呟いたきり、続きの言葉が出てこない。
 あたしはカップを置いて、その顔を更に覗き込んだ。そして、早月の目をじっと見て言う。
「静かな方がいい? 煩いと気が散る? 本当はどっち? ちょっとだったら努力してみるよ?」
「・・・」
 早月は、何も答えずに視線を逸らした。そして、困った顔をして視線を泳がす。あ、やっぱり煩かったのかなぁ。と心配になって、あたしは乗り出していた体を戻した。
 そんな困った顔されるとなぁ。そうかぁー。今まで迷惑掛けていたかぁー・・・。すまなかったねぇー、気付かなくて。そんな自分に、ちょっと凹んだぞ。
 はぁー。と、ため息一つ。そして、再びミルクティーを一口。・・・じんわり。甘さと熱が体に染み込んでいく。あー・・・美味しい・・・。
 凹んでいた気持ちが、ぷくっと膨らむ。美味しい物ってのはさ、結局さ、癒しだよね。うん。凹んでなんていられないって感じ。なんて偉大なの。ミルクティー様々ー。よし、「うん。本当は煩くて仕方なかった」でも「やっと気付いたか。ならマジ頼むから、今度からは静かにしろよ」でも何でも来い! 来てみろ! どんと受け止めてやろうじゃないか! この美優様が! さあ、来い!!
「・・・あー、なんつーか」
 そんなことを思ったらタイミング良く、早月は言い辛そうに視線を逸らしたままだったが、そう呟いた。うん。何? なんつーか? 何? 言ってみ言ってみ。こっちは準備万端よ。
 その気配を察したのか、ちらっとこっちを見て肩を竦めると、早月はまた顔を逸らす。何よ。何で顔を逸らすのよ。珍しく受け入れ態勢万全なのに。
 そう思っていたら、また顔を逸らしたままの早月の小さな声が聞こえてきた。
「・・・まあ、その・・・気にしてくれるのは嬉しいし、とっても有り難い・・・っていうか・・・」
 うん? 嬉しいし、有り難いか。よしよし。それなら良し。その答えには満足じゃ。それなら静かにしてるよ。うん。頑張って。
 いや。いつになく謙虚だ。あたし。たまには良いか。うん。満足。あたしは納得満足。うん。一人、こっくんと頷く。
 ・・・それなのに。
「・・・うーん・・・」と言う早月の唸り声が聞こえてきて、あたしは首を傾げた。うーん? ・・・あれ? そんなことを言われる筋合いはないぞ。何よ? そう思うだろ。誰だって。こーんなに、受け入れ態勢万全なのに。不満を感じさせるわけがないぞ?
 何だ? おい。まだ何かあるの? だから何? 言ってみなって。この際だから。滅多にないよ? こんな機会。
 早月と目が合って、あたしは首を傾げ「何?」の態度を示した。これで、早月が分からない訳がない。
 そう。この時はまだ、あたしは珍しく謙虚な気持ちで早月の次の言葉を待っていた。
「えー・・・」
 それなのに、早月はまた、あたしの方を見て目を逸らす。で、困ったような顔をしている。おい、目を逸らすなって・・・。何? 何だろう。・・・うーん?
 早月はいつも、言葉で言わないことまであたしの態度から気持ちを汲んでくれる。それを思い出して、あたしもそうしてみようと試みた。困ったような顔をして、こっちをなかなか見ない早月。じーっと観察してみる。
 む。むー。この態度は。絶対、うん。絶対、まだ何か言いたそう。
 間違いない。この態度。きっと言い辛いことがあるんだ。うん。間違いない!! 一方的に決めつけ、だから何。この際だから言っちゃってよ。そう思う。
「・・・」
 でも待っていても一向に、意味のあることが全然出てこない。早月の歯切れは、珍しくどこまでも悪い。それ所か、早月は一向に顔を合わせもしないのだ。何なんだ。どうしたんだ、お前。おい。おーい? こらっ。こっち向けって。・・・ちょっとー? 何よー?
 ・・・もやもやもや。
 段々、あたしの中の雲行きが怪しくなってくる。その状態は決して長くはなかったが、望ましくないことにあたしが「イラッ」とするほどには続いてしまった。
 もや・・・イラ・・・イライラッ。
 おい。早月。何? 何なの? 何だっつーの!? おい!! 早月ー!?
 心の中で呟く声も、心なしか・・・というよりも、明らかに低くなってきた。これは苛立ちの為せる技である。そんなこと、本人であるあたしは、ちゃーんと分かってる。そうだよ! つまり、あたし苛立ってんだよ!! お前のせいだぞ! 早月!! この野郎ー!!
「・・・だからな」
 早月がようやく、小さなため息を付いてあたしを見た。
「・・・だから、何」
 あたしは、さっきまでも謙虚な気持ちも態度もどこへやら。ハッキリ言って可愛くない声で聞き返す。その程度には、この時既にイライラしていたということだ。早月のせいだ。早月め! あたしの謙虚を返せ! そう言いたくもなる。
 なのに、どういうことか早月は、さっきみたいに驚いたり肩を竦めたりするような反応はなかった。目も逸らさない。早月にとっては、このあたしの方が馴染みやすいのかも知れない。・・・って、どうなんだ、それ。おいっ。だったら返せ! あたしの謙虚!!
 イライラは、早月がどうのこうのよりも、あたしが暴走することで増えていくらしい。よって、ただ今大量生産中。大増量中。「もれなく差し上げます」状態である。キャンペーンを実施しても良いくらいだ。ほらほらほら。持ってけ、泥棒!!
 その勢いは止まらない。ここまで来ると、坂道を転げると言うよりも落ちる状態並に止まらない。こうやって、自分でも手の着けられない暴走状態に陥っていくのである。自分のコントロール不足などと言うことは決して認めず、これは全面的に早月のせいということにしておいて。だから余計に怒りが治まらないことなど、やっぱり見て見ぬ振りなのである。あたしは何も、悪くなーい!! ただ、そう信じて暴走。
 ホントに、もう。何なの? ダラダラしやがって! 男のくせに! 煩いなら煩いって言やーいいじゃん! 言い辛い訳? そうな訳? あー。分かったよ! じゃあ勝手に察してやるさ!! これからは静かに寝てれば良いんでしょー!? ああ、寝てやるさ! ぐっすり寝てやるさー!! とことん寝てやるから覚悟しろ!!
 アホである。本当にそんなことばかりやっていたらアホである。でも、頭に血が上った状態では、それがアホだと理解することも不可能。アホだろうとなんだろうと構うもんか!!
 さあ、どうする早月!! お前のせいで、あたしは寝ちゃうからな!! と、何故か攻撃的に無意味なことを思ったあたし。
 しかし早月はこの暴走思考など、全く気付いてもいなきゃ興味もないだろう。よって、当然だが、あたしの興奮や暴走など無視した早月の一言が、ぽつりと聞こえてきた。結局彼は、こう言いたかったらしい。
「・・・気を使って貰って、こう言っちゃ何だけど・・・今更?」





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