11、とりあえず「いつもの」。

 部屋の前。ドアに耳を当ててみる。中からは何も聞こえてこない。でも、隙間から零れれてくる明かり。いる。ヤツは中にいる。
 そーっっとドアを開けてみた。そして、隙間から中を覗く。
 背中が一部見えた。こっちに背を向けて、早月は今日も机の前にいる。・・・うん。いる。・・・いるのに。
 ・・・静かだ。
 何だ? この静けさは。こんなに静かなのか? この部屋は。そう思いながら中に入った。いつもは「バーン!」とドアを開けて、気分が乗っていれば「邪魔するぞよ」とか言いながら中に入り、目当てのテレビがあればスイッチオン。無ければ雑誌だの枕だのゲームだので一人遊びを開始する。
 ・・・の、だが。
 今日は、ちょっと趣向を変えてみることにした。ドアを閉める時も、出来るだけ音を立てないようにしてみる。うーん。静かだ。
 だまーって早月の背中を見ていたら、シャーペンの走る音やページをめくる音がかすかに聞こえてきた。まあ、人間が居る限り「無音」にはならないだろう。それでも静かには変わりないのである。
 さて、何をしようか。
 ここに一人突っ立っていてもしょうがない。でもテレビは音が出るし、雑誌も持ってこなかったし・・・ああ迂闊。参ったなぁ。何しようかなぁー。
 と、思ったあたしの視界に「あれ」が入った。あれ。ルービックキューブだ。枕に喋らせた日から一度もやっていない。きっと、そのままなのだろう。
 それを手にとって、そして部屋を見回す。ベッド。本棚。テレビ。MDプレイヤーが置いてある棚。・・・早月。さて、どこら辺にあたしを加えるか。
 んー・・・うん。
 いつもは早月の椅子に寄りかかるのだが、今日はそれも止めてみた。ベッドに寄りかかって座り、ルービックキューブを眺める。色が綺麗に揃っているので、別に回す必要もないのだが。
「・・・」
 それを、一マス分動かしてみる。カ、カカ・・・ツ。そんな音がして、四分の一回転した。ゆっくり動かすと、結構力のいるものだと思う。そして。
 ・・・結構、音がするなぁ・・・。
 なんて思いながら、両手で目線の高さに持って、それをマジマジと見つめた。戻そうと思ったけど、また音がすると思ってそのままにする。
 早月を見上げた。早月は相変わらず何も言わなければ、こっちを見ることもない。あたしが来ていることに気が付いているのだろうか? そんなことすら思ってしまう。今日は。
「早月」と、呼びたくなった。でも我慢。心の中で呼んでみた。「早月ー」。でも、ヤツが振り返るわけがない。あたし達の間には、背を向けたままで通じる何かなんてあるわけがないのだから。
 それでも、あたしは独り言のように心の中で早月に問いかけていた。
「早月、こんな静かなところで勉強とかしてさぁー。眠くならない? あたしは眠くなるなぁー。まあ、静かどうかはともかく、勉強すると眠くなるんだけどね・・・」
 言いながら、キョロキョロと部屋を見回す。見慣れた部屋だ。何処に何があるのかも、大体分かっている。
 でも、この部屋がこんなに静かな顔を持っていることは今まで知らなかった。だって、勉強を教えて貰っている時すら、あたし達の間には会話が絶えなかったから。お互いが向き合ってれば、言葉じゃなくても分かることも多かったし。
 それなのに、今は違う。背を向けた早月。あたしに分かることは今、何一つ無い。
「二人で居るのに一人みたいって、こういうこというのかなぁ?」
 また、声には出さずに早月に問いかけてみる。でも、やっぱり返事はない。
 あたしは構わずに早月に問いかけた。早月の背中を見上げて、心の中で問いかけた。
「早月はさぁ。煩いと思ってた? 勉強中、同じ部屋にあたしが居て色んなことしてて、まあこんな言い方はあんまりしたくないけど迷惑とか・・・してた?」
 早月は振り返らない。当然答もない。
 その背中から目を逸らした。膝を抱えてうずくまる。そして、言葉にすればこの状態でも伝わるはずの言葉を、やっぱり心の中で呟いた。
「背中向けられるだけで、本当に何にも分からないねー」
 そして目を閉じた。真っ暗、とまではいかないけれど、あたしの視界が暗くなる。本当の独りぼっちだ。
 早月もきっと今は、あたしが何をしているか知らないね。こんなに近くにいるのに。
 そう思うと、何だか不思議な気分になった。










「おい・・・」




「おーい!」
「ひゃあ!?」
 無人の海に浮かんでいる。そんな感覚と静寂。それを吹っ飛ばしたのは、いきなり耳に入り込んで来た大きな声。あたしの心臓は、当然大きく動いた。寝耳に水、じゃなくて寝耳に大声。どっちにしてもビックリです。わわわわわ? 何すか? 何が起こったんすか!?
 目を丸くして顔を上げると、そこには早月の顔が割合近くにあった。視線が合うと、大きなため息を付いた早月が、呆れた顔で言う。
「寝るなら自分の部屋で寝ろよ」
「・・・はい?」
 何の事やら、訳が分からないぞ。と思い、辺りを見回してみた。ここは早月の部屋・・・である。で、ベッドの脇である。
 ・・・ベッド脇? 何で、あたしはここにいるのか。座り慣れない所にいるのか。そう思って、思い出した。そうだ、そうだ。ちょっと静かな部屋を体験してみようと思って、ここに座ったのだ。そして・・・どうやら寝てしまったらしい。あああぁぁ。気が付けば、もう一時間が経ってるじゃないのー。
「・・・寝てないよ」
「いびき、かいてたぞ。お前」
「嘘っ!!? マジで!?」
「やっぱ寝てたんじゃねーか」
 そう言って、早月は曲げていた膝を伸ばす。
「あ、誘導尋問? きったねぇー」
 しかし、そんなあたしの抗議も受け取らず、早月は腰を叩きながらドアの方を見て言った。
「で? どうかした訳? 珍しく静かだったな」
「・・・」
 静かだった? ってことは、いつもはメッチャ煩いのか。うーむ。やっぱ、静かな方がいいのかなぁ? でもそしたら、あたしまた寝ちゃうよ。寝に来るのか? ここに。どうなんだ? それ。あー・・・まあ、それは後ほど、ゆっくりと話すことにしまして。
 クイクイ。と、早月の裾を引っ張った。早月が、それに気付いてあたしを見下ろす。
「あのね」
「何?」
「・・・いつもの、下さい」
 喉が渇いたの。
 言いながら思った。まあ、いいや。どうでもいいや。取り敢えず、ミルクティー飲めれば良いや。って。その目的が果たされれば、あたしはここに来る意味があるんだから。ね?





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