33、隣な二人。

「・・・あのさぁ」
「うん?」
 その帰り道。暗い道。
 美優は慣れたのか、早月の腕にしがみついて・・・基、あくまで腕を組んでいる意識でない美優。早月も同じく慣れたのか、別にそれに対して何も言わない。
 端から見ればこの二人、多分ただのお隣さんだなんて親でも思わないだろう。でも二人は、取り敢えず今もお隣さん。
「・・・これは俺の勝手な、想像なんだけど」
 早月は言葉を選びながら話すように、ゆっくりとそう言った。
「うん」
「お前、さぁ。もしかして・・・」
 ちらり、と美優を見る。美優は不思議そうな顔で早月を見上げた。深刻そうな話をしているカップル・・・みたいな、お隣さん達。端から見たら・・・以下省略。
「ミルクティー、あんまり好きじゃない?」
 そう言った途端に。
「・・・」
 早月の顔を無防備に見上げていた美優の表情が変わった。それは例えば「驚いたー。どうしていきなりそんなこと言うの?」とか「あはは。早月、何言ってるの? そんな訳無いじゃーん」
 ・・・などという表情ではない。「あ、ばれた」とかいう表情である。カチンと変な顔のまま固まって、その後は何も出来ない彼女。顔を逸らすことすら、既に出来ないくらい固まっているようだ。
 百歩譲っても、それが今更勘ぐりすぎだとか、被害妄想とか、そういう可能性が全くないのは言うまでもない。何たって彼女は、文字を書くぐらいに顔でモノを言う女ですから。そして早月は、それを的確に読みとる事に関しては自他共に認める完璧な男ですから。望んでもいないのに、そうなってしまった人間ですから。
 だから。
「何だー。だったら、そういえば良かったのに」
 と、思わず口からぽろりと零れた本音。しかし彼女は、この状態になっても尚もこんな事を言う。
「ちちち、違うのっ。違うんだって!!!」
「ど、どうして分かったの?」「いや? 今日、全然飲もうとしなかったから。映画の後も、食事の時も」「そ、そうか・・・いや、その・・・実は・・・」「マジで?」
 みたいなやりとりをポーンと飛び越えて、美優はブンブン首を横に振った。早月に情報が漏洩したことは、いつも通り疑わなかった模様。しかし見事に大正解。ショートカットは大成功。しかし残念なことに、美優の望まなかった方に向かって、である。自ら自分の足を引っ張る女。それが美優。
「そ、そうじゃなくって。・・・あの・・・」
 もごもご。そして思わぬ方向にショートカットしてしまった後、彼女は途方に暮れた模様。そこから先に全く進めなくなってしまった。違うという割に、その説明が全くなっていない。困った表情は、その逆にしか到底見えなくて。
 早月にしてみれば「マジ苦手なんです」と言われているようにしか見えない返答。やらない方が、ましである。痛々しいとも言える。その感情が、全て手に取るように分かってしまう早月にとっては見ていられないほど、痛々しい。
 だから彼女に言った。慰めに似た、こんな言葉を。
「・・・別に怒ったりしないよ? 無理すんなよ」
「ち、違うんだってばーっ」
 しかしそう言われても、困る。返って困るのが彼女の本心。映画を見た時の泣き声みたいな声で美優は叫ぶ。本当に泣きそうだ。早月の腕をギューッと抱きしめて、美優は取り敢えずそれを耐えた。
「そうじゃなくてーっ」
 ぶんぶんぶん。早月の腕におでこを付けて、美優は必死に否定した。多分、今までからかわれた、どの時よりも必死に否定した。実際それ程までに、彼女にとっては死活問題。
 そして歩くこともままならなくなったか、美優は早月を引っ張るようにして止めて俯いた。「早月の馬鹿ーっっっ」と、最後に叫んで。
「???」
 一方、早月は意味不明。いきなり馬鹿呼ばわりである。良くされるし、彼女に言われても痛くも痒くもないのでいつも放置だが、今日はそうもいかない状況。何が何だか分からないけれど、怒っているというよりは悲しそうな彼女を放置しておけるわけがない。おけるなら楽かもしれないけれど、そもそもこんな風にはならなかった。こうしてここに二人でいるというだけで、それは放置出来ない証明なのである。
 まあ、美優に言わせれば、その(彼女にとってのみ)無駄に鋭い早月の指摘は、それ程面白くないわけでして。というか、困るわけでして。
「だって・・・っあの、その、違くて」
 馬鹿と叫んだ割に弱気な美優の言葉。早月を責めるべきではないと、一瞬後には気付いたようだ。しかし、どちらにしても後の祭り。今回もバッチリ自分の足を引っ張った美優は、さっきよりも非道く動揺してオロオロしている。ドンドン自分を追い込む女。そして、そこから自力で逃げ出すことが出来ないのもまた、美優という女なのである。
 小さくてどもられると、聞こえませんよー。と、思いつつ、早月は美優の言葉を待った。
 が、無理そうだ。まともな返事がすぐに出来る状態でないことは、火を見るよりも明らか。見なくたって分かる。自分の腕に触れた、美優の小さな震え。ど、どうしよう。何て言おう。一方美優の頭の中は、御察しの通り、大根・・・大混乱中である。好きじゃないけど好きなんだと、どう上手く説明できるのか。考え中。考え中・・・そして混乱中。
「あの・・・」
 と、不必要な声を出してみたものの、先は続かない。早月は待ってやった。だから、そこには沈黙が訪れただけだ。
 じっとしていられない彼女の、指先に触れる服の感触だけが、音のように耳に響いた気がした。
「あの・・・その・・・」
「何?」
 今度は、そう反応してやる。どっちが答えやすいのか。
 なんて。
 本当は考えるまでもなく分かっていたから、何の期待もしてなかった事は言うまでもなかったんですが。
「・・・」
 案の定。早月の問いに、結局美優はノーコメント。沈黙。うぐぐぐ。と言葉を飲み込んで、美優は俯いてしまった。言いたいことがあるのに、どうにも上手く言えません。困ってます。どうしよう。
 その心境が分かってしまうだけに、早月も何も出来なくなってしまった。話を打ち切ったりうやむやにすることは簡単だが、彼女はそれじゃ胸の奥にモヤモヤとした物を抱え込むことになってしまうだろう。彼女がちゃんと自分の口で、心配しないで本当のことを言ってくれるのが一番望ましいんですが。
 さぁ。どうしましょうかね。
 しかし困ると言っても、そこは歴史の為せる技。理解できなくても感じるモノがあったりして。
 まぁ。自分が作ってやっている物に関しては、少なくとも喜んで飲んでいるんだろうと思うだけに、後々深刻な話にもならないな。と、心配することもそうなくて。
 よって自分の選択は割合に間違わないことを確信してもいる早月は、彼女に助け船になるだろう一言を口にした。
「ここで言い辛いなら後でゆっくり聞くよ」
「・・・」
 おどおど。その言葉には、美優の緊張をほぐすモノなど一つもない。むしろ、先延ばしにされた問題に頭が痛くなるだけ。気が重くなるだけ。
 しかし腕にひっついたままの美優を引っ張るように歩き始めて、早月はもう一言、こう言った。
「お前が望むんならだけど、今日もいつもの入れてやるから。それ飲みながら話せば?」
「え?」
「せっかくカップも買ったんだし」
「・・・」
 うるるるる。一瞬外れ掛けた美優の手は、もう一度ギューッと早月の腕を抱きしめた。そして早月とは顔を合わせないようにくっつきながら、俯きながら、躊躇うこともなく歩き出す。
 早月の馬鹿野郎ーっ。照れ隠しに、誤魔化すのに、もう一度口に出してそう言えれば泣かなくて済んだかもしれない。こんなに困った状態を、少しはうやむやに出来たかも知れない。でも、この感動も薄れてしまう。美優の選択は、言わなかった時点で決まっていたわけで。
「それとも、いらないの?」
「い、いるっ」
 その小さな言葉は、不覚にも震えて。
 うるるるる。その零れそうになった涙を隠れて拭ってみても、早月にはバレバレ。部屋なら何でもない事は、この時に限ってそうもいかず。
「・・・何泣いてんだよー」
 しょうがないから、からかうようにそう言ってやった。「泣いてないよ」「早月の馬鹿ー」・・・って、また首を横に振ればそれで終わった話。それで、うやむやに出来た話。でも、美優はそれどころではない。
 早月、優しいー・・・。声にはならない声でそう呟き、美優はギューッと早月の腕を抱きしめる。
「・・・」
 本当にもう・・・しょうがないなぁ・・・。
 その返事を、なんとなーく感じ取って、早月はそれ以上何も言えなくなってしまった。自分の腕に一生懸命しがみついてくるお隣さんは、素直だからこそ、この上なく分かり易い。だから可愛い、とも思う。
 よしよし。と頭を撫でると、泣き声が混じったような笑い声が聞こえてきた。少なくとも間違いなく嬉しそうな感情がこもったその声に、早月は照れ隠しに、何でこんなことになったかなぁ。などと今更思った。ただ、隣に住んでいるだけの同級生。中学半ばまでは、クラスメイトよりも希薄な関係になっていたのに。
 美優がこんなに子供で単純で分かり易くて、何にもしてやらないのに自分と居る時間を楽しんでいると表情や行動で表してくれるような子じゃなかったら、多分こんなことにはならなかった。改めてそう思うと、どうして美優はその相手に自分を選んだのか不思議に思う早月。もっと優しくて構ってくれる男は沢山いる・・・かなぁ? どうだろう。
 その隣で偶然にも同じ事を思っていた美優。早月が構ってくれなかったら。早月が部屋で自由に遊ぶことを嫌がったら。面倒そうな表情をしながらも、ちゃんと話を聞いてくれたりしなかったら。部屋に遊びに行くことにすら躊躇いを感じていたかもしれない。許されていることと、その時になれば意識をこっちに向けてくれると信じられる安心感は彼だけがくれる。今のところ。
 とは言っても、他に開拓する気にもならないのだから唯一と言って良いかもしれない。

 そんな感情は、つまり世界に一つだけ。


「ご飯食べたら、すぐ行っても良い?」
 帰る前から、美優は早々早月の家に行く気満々だ。すぐに来いと言ったら、食事を抜いてついてくるかもしれない。
 本当にもう・・・そういうところも子供っぽい。というか、危なっかしい。
「こっちが食べ終わってるか分からないから、一応メールしろよ」
 そう思いながら、声で泣き止んだのは良く分かったが、まだごしごし目を擦っているのに視界の隅で気付いて、早月は前を見ながら答えた。美優はバレていないと思っているのか、豪快にごしごししてから早月の腕にしがみつき直して頷く。
「・・・分かったー」
「これ、一度持って帰る?」
 ずっと持っていたカップの入った紙袋を目の前に出して見せてから顔を覗き込むと、美優は首を振って笑う。
「お持ち帰りでお願いしまーす」
「・・・はいはい」


 どうしてかなぁ?
 何でだろう?
 そう思いながら歩く、二人。隣同士。
 段々近付いていく距離は、まだ自覚しない。ただ、隣だけはきっと手放さない。
 そのお互いの僅かな隙間には、何気ない喜びや、甘いミルクティや、見えないほど小さな特別な気持ちが有るはず。
 そしていつか、その隙間が埋まる時が・・・来る。
 ・・・かも、しれない。





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