10、愛のカタチ。

「それにしても、ちょっと疑問なんだけど。早月君、勉強しなくて平気なわけ?」
 昼食を終え、お弁当を片づけながら康子ちゃんが言う。
「してるよ。いつも」
 あたしは、尋ちゃんに貰った飴をもごもごさせながら頷いた。その尋ちゃんは、まだ食事中だ。パンを持って、あたしと康子ちゃんを交互に見ている。
「いつも?」
「うん」
 下を向いてきつくお弁当を包んでいる康子ちゃんを見ながら、あたしは言った。
「あたしが部屋に行くと、いつも勉強してる」
「・・・」
「・・・」
 ぴたり。二人の動作が同時に止まる。ビデオを見ているような、それなのにやたら近くて立体的な、変な感じ。あららら? どこで停止ボタン押した? つーか、何? 何で?
 そう思って辺りを見回したが、クラスに変化は無し。昼休みをのんびり過ごしているクラスメイト達の平和な光景があるだけだ。おかしいのは、この一角のみ。っていうか、この二人だけ。
 キョロキョロ。クラスを一周確認して、あたしは一つの仮説に行き着いた。何? 原因はあたし?
「・・・」
「・・・」
 やがて、二人は黙って顔を見合わせた。そしてパンを頬張って話せない尋ちゃんと、ポカンとした顔をした康子ちゃんはしばらく見つめ合い、黙って頷き合うとこっちを見る。
 おーっと? やっぱり、原因はあたしだったか。それよりも、ああ、本当に便利そう。二人のテレパシー。
 そんなことを思っていたあたしに、再生状態の康子ちゃんはこんなことを言う。
「・・・あんた、勉強してる彼の部屋でテレビ見たり、泣いたり、ルービックキューブガチャガチャやったりしてるの?」
 その横で、こくこく必死に頷く尋ちゃん。うーむ。二人の意志疎通は、相変わらず完璧なようだ。
 それより何で、そんなこと聞くのかなぁ? 康子ちゃん。そう思いながら頷いた。
「うん」
「・・・」
 康子ちゃんの、お弁当を包みかけて止まっていた手が力を失って机の上に落ちた。中に入れた小さなフォークが踊って音を立てる。がしゃん。
「?」
 あれれ? 康子ちゃん? どうした?
 忙しなく頭を上下に動かして、お弁当と康子ちゃんを交互に見たあたし。けど、康子ちゃんは戻る気配がない。再び停止状態。何で? 何で何で?
 おーい? 康子ちゃん? どした? そう言いかけたあたしに、今度は左から声が聞こえてくる。
「あ、あんた、じゃあ・・・遊んでるあんたが、勉強してる彼にミルクティーまで作らせてるの?」
 口の中の物を慌てて飲み込み、尋ちゃんも質問に参戦。え? 何? いきなり。どうして驚いた顔してるの? そんな貴方にビックリです。
 てか、そんなに慌てなくても良いんでないの? そんなこと言うのに。と思ったが、あたしは頷いて言った。
「そう、だけど?」
「・・・」
「・・・」
 二人は、再び黙って顔を見合わせた。どうやら、康子ちゃんの中に魂は無事戻ったようだ。一安心。・・・となると、またこの身が可哀想になってくるわけで。
「・・・あれ? あら? ちょっとー? ねぇねぇねぇねぇ?」
 そう、声を掛けてみる。でも二人は無反応。テレパシー交信中かもしれない。
 おーい。おーいってば。あ、また二人の世界ですかい? また置いてけぼりですかい? うむむー。ずるいよ、ひどいよー。ねえねえねえ。構ってくれー。あたしも仲間に入れてくれー。
 でも、「何ー? ねぇ。ねぇってばー?」そう言っても、二人はまたしても完全に無視である。大きく頷くと、ぼそっと各一言呟いた。
「愛だね」
「うん、愛だ」
「あ・・・?」
 ・・・がくっ。また、その話?
 正直、力が抜けました。頭を抱えて、あたしは呟く。
「・・・また、愛っすか」
 おいおいおいおい。親友共よ。だからさぁー。愛ってヤツはよぅー。違うだろう。違うでしょー? さっきから、そう言ってるじゃん。違うって。絶対違うってー。その定義がどうのこうのよりも、とにかく本人の言い分を聞くのが正しい道順だろ。本人の意見が最優先だろ。なぁ。おぅい。
「・・・」
 ・・・って、言えたらどんなに良いだろう。それで二人を説得出来たらどんなに良いだろう。そう思いながら、あたしは頭をひたすら抱えていた。だって、言えない。
 言いたいことは色々あるのだが。本当はあるのだが。沢山あるのだが。・・・でも、言えない。
 だって、相手はあの二人である。テレパシー仲間で、あたしのことを良く知っていて、あたしよりも口も頭も良く回る康子ちゃんと尋ちゃんである。物事が正しかろうが間違っていようが、自分の考えを押し通す康子ちゃんと尋ちゃんである。本当のことや正しいことや良いことなど、人のことであっても自分の意見を押し通すためなら全てをうやむやにしようとする康子ちゃんと尋ちゃんである。そしてこれが一番のネックだが、相手はこのあたしである。
 ・・・駄目だ。二対一だと・・・っていうか、一対一でも無理だ。
 とにかく何を言っても勝てる気がしないので、あたしは最終的に「はあ、そうですか」と大人しく頷いた。二人は、そんな返事すら無視である。ちぇっ。
 もう全てにおいて面白くなくて、あたしは机に頬肘を付くと、ふてくされてほっぺたを膨らませた。二人は構わず、何とこんな事を話し始める。
「でも、ただの愛ではない」
「うん。大まかに言うと、親子愛だね」
 ・・・ずるっ。
 机に置いていた肘が滑り落ちた。椅子からも落ちそうになって、あたしは慌てて机の端にしがみつく。あ、あぶ、あぶねぇーっ。
 手が汗ばんだ。それをヒラヒラさせて冷やしながら、あたしは二人の顔を見比べる。そして「あのう・・・」と言った。だって、そりゃ聞き捨てならないっすもん。
「ちょっと・・・さっきの先輩は、ともかく・・・」
「黙れ」
 が、それは受け入れられなかった。二人は同時にあたしを睨み付けると、そう言う。鬼のような形相で。ひー。
「・・・すいませ・・・」
 などと思わず言いかけた謝罪の言葉も無視して、二人は再び顔を見合わせた。そして、ひそひそと話しては頷き合っている。
「どう考えても、男女の愛じゃないもんね」
「そうそう。大人が子供を目の届くところに置いておくみたいな」
「・・・子供・・・」
 あたしは眉間に皺を寄せて呟く。
 いや、だからみんな同い年じゃん? おかしくね? さっきから。
 むむぅ、と頬を膨らませて二人を睨んで見るも、二人は完全に無視である。きっと気付いているくせに、無視である。でも、怖いからその間に入れないあたし。それなのに二人と友達のあたし。むしろ、そんな自分に「あれれれ」である。
「動物愛でもいいね」
「うん。いいね」
「・・・どう・・・」
 ・・・動物。あんまりな言われようである。最早、人としても認められないのか? いや、人だって動物だけどぉー。でもねぇ。動物愛ってのはさぁー・・・。うだうだ。
 そんな下らないことを考えている間に、二人の会話はどんどん進んだ。
「主に考えられるのが室内犬」
「そうそう。小型のね」
 室内・・・犬? 小型?
「・・・あたしはチワワか。おいっ」
 思わず、そんな突っ込みが自動的に入る。それを聞いてくれなかったのかくれたのか、康子ちゃんは次にこんな事を言った。
「うさぎでもいっか」
「いいね。だって、寂しいと死んじゃうもんね」
 うさぎ? 寂しいと死んじゃう・・・。
「・・・」
 ぐさ。確かに構ってくれ病には、ちょくちょく罹るが。何で、そんなこと知ってるのさ。そう思い、思わず口を噤んでしまったあたし。
 それを、ちらっと横目で見た康子ちゃん。あたしを指さして、ため息を付いた。
「ほらね」
「反論出来ずか」
「ち、ちが・・・っ」
 ななな、何よ! 今まで話に入れてくれてる感じじゃなかったのに、いきなり何よー!!??
「反論ていうか。だ、だってい、いい、今まで二人とも、ふた・・・二人だけで話して・・・」
「はいはい」
「もう分かったから」
 しかし二人は勝手に納得して、勝手に大きく頷いている。またしても本人置いてけぼり。そして、言い返す言葉は出てこない。
「・・・う・・・」
 ちょっと切ない気分を味わう。これが、友達という関係なのだろうか? これが、同学年の女の子に対する態度なのだろうか? 疑問、そして不満。
「うー・・・何だよぅー・・・」
 面白くなくて呟いたその小さな言葉は、多分二人には聞こえただろう。

 聞こえただろうだけに、それをまた無視されたあたしに言えることは、もはや何一つ無かったのである。





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