9、お隣さんちに入り浸っている理由を話し合ってみよう。

「す・・・?」
 言いかけて、固まった。康子ちゃんの「振られちゃった」宣言の時くらい固まった。バナナで釘が打てるぐらいの硬度は、多分あったように思われる。
 そこから一気に、茹でられ赤みを帯びていくタコのように、あたしの頬は真っ赤に変色。急激すぎる温度変化に、あたしの頭はパニクった。
「すっ・・・い、いやっ、いや違う。違うんだ! そうじゃないんだ!」
 あたしは不覚にも赤くなった頬を興奮と誤魔化そうとして、首を大きく振ると心持ち大きな声で言った。まあ、ハッキリ言って悲鳴だ。ここまでくると。
「そういうんじゃなくてっ。ああ、あたしの部屋、テレビないし、さつ・・・っ、あああ、あいつの部屋あるしっ。そういうことなのだよ! ゲームもあるし、えっとウノもまだ勝ってないし、ルービックキューブもまだ出来てないしっ」
「・・・」
「・・・」
 ポカン。
「わかっ。分かるでしょー?」
 あわあわわ。と、無意味に口を多く開け閉めしてそう言ったあたしを、珍しく二人は呆気にとられて見ていた。口を半開きにして、驚いたように目を丸くして。
 ・・・が、それは僅かな時間だけ。きっと一分も無かっただろう。そういう友人だ。この二人は。「別に早月が、どうとかこうとかそうとかじゃなくっ」なんて、一生懸命話すあたしの努力なんて何のその。
「へー。ほーう」
「はー? ふーん。なるほど、ねぇー」
 やがて二人は顔を見合わせるとニヤリと笑う。ニッコリ、ではない。ニヤリだ。この響きが、恐怖でなくて何なのか。
 え? 何? ななな、何よ? 何なのよ?
 キョロキョロ。小動物のように弱気な視線で二人を見たあたしに、しかし二人は容赦ない。ふふふん、なんて笑うと、からかうような口調でこう言った。
「でもさぁ。別にさぁー。あんたんちにテレビがないわけじゃないでしょ? リビングに行けばいいじゃん。そっちの方が断然近いじゃん」
「そうだよ。ゲーム機だって借りてくれば、それで良いじゃん」
「う・・・」
 そそそ、そ、そう言われると・・・っ。そうかもしれないけど、でも・・・。
「ルービックキューブも然り」
「持ち運びにも困らんだろ」
「で? ウノに勝ったら、それで良い訳?」
「ってか、そんなことどうでも良くない?」
「そうだよ。こだわるなよ。そんな小さな事」
「そうそう。世の中にはまだまだ楽しいことが、たーっくさんあるぞ」
「ぐ・・・っ」
 でも、で、でもでも。・・・でも・・・。
 でも、返す言葉もない。結局「あがあが」と、顎が外れてしまったような言葉が、口から勝手に零れていく。そう言われるとそうかもしれないけれど、それをあっさり認めるわけにもいかないと難しい状態のあたし。こんな複雑な状況に今まで陥ったことがあっただろうか。いや、ない。
 しかし、こんな可哀想なあたしに、やっぱり二人は容赦ない。あたしの顔を覗き込んで、あたしの顔を影で覆って言った。「で?」だって。
「・・・え?」
 余りの至近距離に、あたしは椅子を傾けて後ずさる。これが、せめてもの逃避。
 頑張って、これ以上傾けたら倒れるというところまで傾けた。つまり、それ程怖かったって事である。
「っと・・・『で?』・・・って? ・・・何?」
 そして、あたしの口から出てきたのは糸みたいに細い声。
 その、力のないあたしの声を可笑しそうに笑い、二人は離れてから言った。
「それで?」
「他の理由は? ってこと」
 無いならこっちで勝手に「お前は早月君のことが好きなのだ」と決めるけど? 良いの? 反論があるなら言えば? あたし達を納得させられるもんなら、ほれほれ、言ってみろ。言えるもんなら言ってみろ。そんな、半ば脅迫じみた裏を含んだ二人の声色。
「う・・・っ」
 あ、二対一? ちょっと狡くない? それ。独りぼっちな事に泣きそうになる。
「他・・・っ。あの・・・ほら・・・何だ?」
 あわわわ。今は、それどころじゃなかった。えっと、うう。う。困った。何でこんな訳の分からないことに。
 そう思いながらも、あたしは頑張って理由を捜す。理由? 何だ? 何でだ? 何であたしは、あいつの部屋に行ってるんだっけ? 他にもあっただろう、理由。この間、捜しただろう! 思い出せ! 思い出せ、あたし!
「あの、ええと、ええと。えー・・・あ、アイスノン・・・いや違うっ。間違えたっ。えっとっミルクティーがっ。そう、ミルクティーがっ!」
 そ、そうだ! ミルクティーだ!! よくぞ思い出した! あたし!!
 そう思いながら、あたしは小さくガッツポーズ。これで解決、万々歳だ!!
 その目の前で、二人はまたしてもポカン。アホ面全開。
「?」
「??」
 二人は、首を傾げて顔を見合わせる。そして、どちらとも無く再び首を傾げた。「分かる? この子の言っている意味」「いや、ワカラン」。どうやら、そんな無言の会話が交わされた模様。再び同時に向き直すと、声を揃えて言う。
「アイスノン?」
「あー・・・っと・・・それは違うんだけど・・・」
 うーん。まあ、いっかー・・・。大したことじゃないし。
 というか、二人の気が逸れるならそれに越したことはないのだ。あたしはそう思い直し、「うむ」と一人で頷いた。
「だからー・・・」
 それで、あたしは土曜日、映画を見て泣いたらアイスノンが出てきた話をした。寒かったのに無理矢理だったことも言った。
 泣いたら、おばさんに殴られそうで嫌らしいよ。つーか、あの映画で泣けない、あいつって人でなしだと思わない? と、そこまでちゃんと言ったのに。
「はぁー?」
「かーっ」
 どうしてそんな顔をするのか。二人は面白くなさそうに、そんな可愛げのない声で頭を抱える。
 そして、今までキチンと椅子に座っていたのに、だらけた格好でそれぞれ明後日の方を向いた。またもや同時に。
 えええ、と。どうされたんですか? それが最近の女子高生の態度なのですか? 疲れ切った中年親父みたいな、だらけ方しやがって。お行儀悪言ったら無いんだから、二人とも。
 しかし二人とも、そんなあたしの内なる声はお構いなしだ。更に、ぐでっと椅子にだらしなくもたれると、
「でー?」
「ミルクティーはー?」
 そう言って、こんなに寒いのに二人は口々に「アツイアツイ」と言いながら顔を扇いだ。暑い? いや、暑くないよ? むしろ寒いじゃん。意味不明。
「ミルクティーは・・・」
「あれ?」
「ちょい待ち」
 言いかけたあたしの前で、二人は天井を見上げて目をパチクリすると、再び同時にあたしの方を見る。
「・・・はい?」
 本当に息が合ってるね。そこまでピッタリだと、感動飛び越えて、ちょっと怖いんですけど。
 そう思っていたあたしの左右の耳に、別の音が時間差で入ってきた。
「つーか、あんた」
「ミルクティー嫌いって言ってたじゃん」
 うーん。見事な分割。声が同じだったら、二人が言っているとは思えないほどスムーズでございました。これには、さすがに「あんたらホントに他人なんですか?」と突っ込みたくなる。凄いぞ、親友達。感動飛び越えて、怖くなったのも飛び越えて、最後は感心。
 理由が見付かって気が軽くなったあたしは、素直に二人を誉めた。いや、人間。余裕があると寛大になれるね。人生には余裕が必要だよ。ホントに。
「だからー。なんつーか・・・早月の作ってくれるミルクティーだけは好きなんだよねぇ・・・ちゃんと紅茶を煮出してくれるしさぁー・・・」
 たははは。ま、うん。それだけは本当にヤツの誉められたところだと思う。あのミルクティーだけはちょっと外せない。そうそう。その為に行ってんだ。あいつの部屋。あースッキリ。思い出して自己満足。さぁ、ご飯でも食べるかね。腹減ったなりよ。
 じゃあ卵焼きを。と思ったあたしに、力のない康子ちゃんの声が聞こえてきた。
「・・・美優。ゴメン。さっき言ったこと取り消すわ」
「はい?」
 目の前を見ると、康子ちゃん机に突っ伏している。疲れた中年レベルではない。むしろ・・・病人? 康子ちゃんの、こんなにグッタリしているのを見るのは初めて。
 そう思っていたら、左側からもか細い声が聞こえてくる。
「そりゃ恋じゃないわ」
 おお? 尋ちゃんどうした。食欲は、きちんとあるようなのに。肌も艶々なのに。ガックリ肩を落としちゃって。
 不思議だ。と思いながら首を傾げ、卵焼きを口に入れたあたしに二人は言った。
「愛だね」
「愛だ」
「・・・ぐ」
 何で、そこでランクアップなんですかー。
 と、言いたかったが、飲み込みかけていた卵焼きが喉に詰まってむせた。くくく、苦しい・・・。げほげほ。
「もう一線を越えてしまってるね」
「そのようだね」
 ゼーハーゼーハー言っているあたしなど完全に無視して、二人は呆れたような顔をして言う。
「ち、ちょっと待てぇーっ」
 愛だの恋だの、そんなことはこの際どうでも良いけど、マジで苦しんでるあたしに「大丈夫?」って一言、言っても良いと思うのー。
 しかし、その願いは塵よりも簡単に吹き飛ばされたらしい。こっちを見もしないで二人は言う。
「さ、ご飯食べるか」
「そやね」
 そして、それぞれの食事へと戻っていく。ああ、そんな殺生なー・・・。
「おーい・・・げほげほ」
「時間無いしね」
「あ、ホントだ。もうこんな時間」
「・・・う・・・」
 そう言われて、あたしは時計を見る。・・・本当だ。じゃあ、しょうがない。と、あたしもご飯を先に済ませることにした。ちょっぴり友情を疑いたくなったが、今回は昼食時間のゆとりの無さのせいにしておくことにしよう。

 ・・・そういうことにしておく。だって、悲しいじゃん。





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