8、鯉ではない。

「恋だね」
 康子ちゃんと尋ちゃんは、口を揃えてそう言う。性格が全く違う、この三人組。でも、いつも一緒の三人組。いつもの三人組。
 その内のあたしを除いた二人組は、何故かたまにこんな風にハモる。綺麗にハモる。時々「え? 今ハモった?」と疑うくらい、綺麗にハモることもある。
「・・・恋・・・」
 あたしはペットボトルの蓋を開けながら、その言葉を繰り返した。
「恋ってーと・・・」 
「神社の池とかにいる鯉じゃないから」
「・・・」
 ずいぶん長い台詞を見事に合わせるモノで。しかも、あたしの考えていることをズバリと突いてくる。この奇跡には、たまに感動を覚えるよ。凄いぞ、親友達。
「・・・恋」
 もう一度呟いて、その意味を理解した。
 そうか。恋か・・・って、あのねぇ・・・。
「んな訳無いじゃん」
 たはははは。と笑いながら、あたしは喉を鳴らしてお茶を飲んだ。ごくごくごく。ほら見ろ。これが恋する女の子のお茶の飲み方か? これでも、あたしが恋しているというのか? 親友共よ。違うだろう。恋ってヤツは、もっと違うもんだろう。
 そんなあたしを完全に無視して、二人は大きく頷いた。
「間違いないね」
「間違いない」
「・・・おい」
 あたしの飲みっぷり見てた? っていうかね、あなた達。あたしの返事聞いてた? そんな訳無いつってんじゃん。本人が違うって言ってんじゃん。おい。聞けよ、親友共。
「じゃあ、何で泣いたわけ?」
 ちっちゃなフォークの先をこっちに向けながら、向かいの康子ちゃんはそう言う。彼女は、そのフォークに見合う小さなお弁当を広げていた。いつも思うんだけど、それで足りてるの? 本当に? あたしは無理だ。絶対無理だ。
「それはー。さぁー。分からないけど」
「その分からなさが、恋なんだよ。うんうん」
 左隣の尋ちゃんは、そう言って焼きそばパンに囓りついた。良い食べっぷり。惚れ惚れするよ。でもパン二個におにぎり三つは食べ過ぎだと思うの・・・。
「お、尋ちゃん良いこと言う」
「ふふふん。まあね」
「・・・」
 良いこと言ったのか? あたしには意味不明ですけど。ポカーン。
 それが二人に伝わったのか、同時に顔を見合わせると同時にこっちを向く。これまた同時にため息付いて、同じ様な呆れた顔して。「・・・本当に、しょうがない子だね。この子は」と、ハモった。
「仕方ないから人生の先輩が『恋』なるモノを教えてやろう」
「そうしよう」
「いや、先輩も何も同い年・・・」
 しかし康子ちゃんは、そのあたしの反論など「全く聞こえません。むしろ聞いてません」という、強引通り越して自然な口調で言う。
「美優。あんたはね。不安だったわけさ」
「ふ? ・・・不安?」
 聞き慣れないその言葉に、反論も何も吹っ飛んだ。思わず聞き返したあたしの代わりに、尋ちゃん大きく頷く。
「そうそう。その通り」
 なんつって、尋ちゃん強く肯定。いや、尋ちゃん。尋ちゃんが「そうそう」言っても、尋ちゃんの事じゃないし。
 と言う暇もなく、息のあった二人は、台本でもあるんではないかというスムーズさで話をどんどん進める。あたしは坂道で加速してしまった、ブレーキの利かない自転車に乗せられているみたいな振り回され感を味わうことになった。
「なんつーのかな。まあ、色々推測できますが大まかに言うとー・・・今後、遊びに行け無くなっちゃうかもしれないみたいな、漠然とした不安? 訳も分からず胸がもやもや、みたいな」
「あれ? 早月って、そんな一面もあったの? みたいな」
「うんうん。早月ってば、何考えてるのよー? そんなこと言われたら、遊びに行き辛いじゃんっ。とかね」
「おお、それそれ。そうそう」
「・・・そうそうって・・・」
 いや、だからね。尋ちゃん。そうそう、じゃないでしょうが。何で尋ちゃんが返事してるのよ?
 しかしこの反論は、やはり物の見事に無かった物とされ、康子ちゃんは尋ちゃんの同意に気をよくしたのか、ウンウン頷くと話を続ける。
「で、もどかしい気持ちを怒りに任せて彼にぶつけてみた。まあ、尋ちゃんが叫んだおかげで? 『言い訳するの大変だったんだから』とかいう大義名分も出来たわけだし?」
 ・・・おかげ? おかげって言うのか? あれ。おかげって、そう言うことなのか? 納得がいかないぞ。あたしは。
 そんなことを思い、眉間に皺を寄せたあたしを、やっぱり完全に無視して張本人の尋ちゃんが後を繋げた。
「そしたら彼はいつも通りだし、安心したし、そしたら何だが自分の事が情けなくなったりして」
 一瞬の間の後。
「うえーん」
 二人は同時に泣くまね。いや、実際にはそんな可愛い泣き方じゃなかったし。
「・・・うーん・・・。やっぱり・・・良く分かんない」
 もう何が何だか。うーむ。
 その感情が良く分からない、というよりは、二人の言っている意味が分からない。日本語として理解出来ていないと言えばいいのか? もうちょっと、分かりやすく御願い。
 しかし二人は二人で分かっているので、その気持ちは全く伝わらなかった。そのお願いは見事却下され。
「子供」
 二人は一緒にそう言って肩を竦める。そして、それぞれの食事に戻った。
「・・・」
 ぽつん。
 気持ち的に、あたしは一人置いてけぼりである。あたしの話をしていたんじゃなかったっけ? それなのにあたしが置いてけぼりって言うのは、ただの置いてけぼりよりも三割り増しで空しい。それに・・・あのね。そうやって見事に合わせられるとね、何だか淋しくなってくるのは気のせいですかね? ちぇっ。仲間外れにしやがって。
 思わず頬が膨れた。
「・・・もー、このお子様は」
 あたしが、どうしてふてくされているのかは多分分かっていないにしろ、その顔を見て二人同時に呟いてから、続きをバラバラに言う。
「もう、さぁ。何でそんなに毎日毎日、早月君の部屋に入り浸ってるか。いい加減自覚しなって?」
「え? ・・・自覚?」
「そうだよ。好きだからでしょ?」





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