6、しょうがない。

「出来た?」
 伸びをして、深呼吸をしてから早月が振り返った。宿題が終わったのだろう。早月は、余程のことがなければ最後まで集中力を切らすことがない。
「・・・」
 あたしは無言で、未だにバラバラな色の正方形を見せる。あれから一時間半。ずーっとガチャガチャやっていた。あたしの集中力も大したもんだと思う。勉強にだけは発揮できないのが、唯一にして最大の弱点だけど。
「・・・うーん」
 早月はそれを手にとって、偉そうに笑った。
「惜しいんだけどね」
 そう言って、早月はさっきまであたしがしていたように色をずらした。そのまま躊躇うことも止まることもなく、三分ほどで色を揃える。
 あたしは、それをじっと見上げていた。どんどん色が揃っていく。悔しい。けど、飽きない。いつ見ても信じられない、手品みたいな光景。
 そう思っていたあたしに、早月は色の揃ったそれを投げてよこした。完璧。綺麗に色が揃ってる。さっきまであたしが持っていたのとは、まるで別物みたい。ああ、こんなに簡単に・・・。
「・・・うう・・・」
 さすがに疲れたのとショックで、あたしはしゅん・・・と項垂れた。降ってくる、早月の小さな笑い声。見上げると、早月は立ち上がりながら言う。
「何飲みたい? いつもの?」
 ・・・う。その優しい言葉には、ちょっとドキドキ。
「・・・うん」
「ホットで良いよな?」
「・・・」
 嬉しくて、でもそれを見せたくなくて、枕に顔を半分埋めながら頷いた。そのあたしがどんな表情をしているのか、多分早月は分かってる。
「了解」
 可笑しそうに笑って、早月は部屋から出ていく。ううう。悔しいし、恥ずかしいし、ちょっと嬉しいけど、それ以上に何だか面白くない。
 そう思いながら、あたしはその背中を見送った。そしてその姿が見えなくなって、やっと枕を膝に戻す。弛んでしまった自分の頬が、もどかしい。おいおい。しっかり、あたし。そう思いながらペチペチと叩いた。
 ・・・いや、これは違うんだって。
 納得がいかなくて、あたしは誰にともなく言い訳をする。別に、早月に会いに来てるんじゃないんだからっ。って。にやけたことに深い意味もないしっ。って。でも・・・あああ、言い訳すればするほど、何だか墓穴を掘ってる気がする。違うんだって! だから、違うんだってば!!
 他人の部屋で一人、あたしはぶんぶん首を振った。違う違う違う。呪文のように頭の中で繰り返してみる。言い聞かせてみる。
 だから・・・なんつーかなぁ。ええと、あのね。そう。心残りってやつで・・・。
「・・・ん?」 
 そこまで思って、自分の言葉にキョトン、とした。・・・心残り? あれ? 心残りって、どういう意味だっけ・・・? そう思って。
 あたしは暫し止まった。そしてやがて、それがナイスな言葉であることを理解する。
 あ、ああ。そう。そうなの。心残りがあるのよ。この部屋には色々と。だから来ちゃうのよ。そう。そういうモノがあるから来ちゃうのよ。来なきゃ良いって言われたって、しょうがないじゃん。ねぇ? だって心残りがあるんだもん。うん。しょうがない。テレビとか。ゲームとか。「まだクリア出来てない挑戦状」とか、「殆ど勝てないウノとかゲーム」とか・・・色々あるわけで・・・。
「・・・」
 指折り数えて、誰にともなく宙を睨んで思った。ほら見ろ。真っ当な理由が在るじゃないか! といきなり偉そうな気分になる。
 そうなのよ。それだけなのよ。来る理由としては申し分ないでしょー?
 視界の隅に赤い四角形。早月が色を揃えたルービックキューブ。それを両手の間に挟んで転がしてみた。球体みたいにスムーズに転がすことは出来ない。それはゴロゴロと歪に転がる。お前も理由の一員だ。有り難く思えよ。そんなことを思いながらゴロゴロゴロゴロ転がしてみた。
 それだけだもん。
 一度だけ色を崩して、それを元に戻す。くそ、あんなに簡単に。何かムカついてきた。
「むー・・・」
 だから、それだけなんだってばっ。
「? 何、唸ってるの?」
 ドアの開く音。それと一緒に、声が部屋に入ってきた。顔を上げたら、両手にマグカップを持った早月の不思議そうな顔。肘でドアを開けながら、こっちを見ている。
 そして早月は、あたしがキューブを持っているのを見て笑った。
「まあまあ。ほれ、飲め」
 そう言って、早月は右手に持っていた白いマグカップをあたしの前に出した。ふわっとあたしを包んでくれた、良い香り。わわわわわ、美味しそう・・・。
 ちなみにこれ、あたし専用のカップ。中で薄ベージュ色の液体が揺れている。その上に浮かんでいる湯気。見てるだけで幸せになるくらい、暖かい。
 はぁー。たまらん。たまらんのですよ。こ、れ。「ミルクティー」。
 早月が作ってくれるミルクティーは、凄く美味しい。すっごーく、美味しい。紅茶を煮出して作ってくれる、ちょっと手の込んだミルクティー。夏はアイス。冬はホット。
 あー、これか。これだ。そうそう、そうなの。これが、最大の心残り。これのせいだ。ほらね。こういうことがあるから・・・来ることになってしまうのだよ。しょうがないじゃん。ねぇ? しょうがない。誰がなんと言おうと、しょうがないの。
 キューブを持っていて良かった。そう思いながら、あたしはそれを両手で受け取った。
「・・・ありがと・・・」
 使い慣れたマグカップの中から立ち上る、甘い甘い優しい香り。きっと一生飽きない香り。大きく吸い込んで、ゆっくりと吐き出す。
 本当は、実は苦手だったミルクティー。でも早月が作ってくれるミルクティーだけは、毎日でも飲みたいほど大好き。これが心残りでなくて何であろうか?
 両手で持って、ふーっと冷まして、ちょっとだけ口に含む。舌に触れる、ほんのりとした甘さ。体にじんわりと染み込んでいく熱。
「う・・・うー・・・っ。・・・美味しいー・・・」
 悔しい。でも駄目だー。だって、美味しいんだもん。弛まないように頑張っていた頬も、抵抗出来ずに力を失っていく。
 ふにゃっと頬を弛ませて笑ったあたしを見て、早月も笑った。それを見ながら思う。
 しょうがない、よね。だって、こんなに美味しいんだもん。つられてしまうよ。こんなに美味しいから。
 うん。美味しいから。しょうがない・・・な。しょうがない、んだよ。うん。



 ・・・うん。「しょうながない」。取り敢えず、そういうことにしておこう。





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