5、枕、喋ります。

「早月の馬鹿野郎ー・・・」
 あたしは枕を殴った。ぽふ、と音がして枕が僅かにへこむ。
「・・・大馬鹿野郎ー・・・」
 もう一回、枕を殴った。ちょっと、へこみが大きくなる。もう一回殴ろうとして、でも枕に罪はないので止めることにする。
「・・・はぁー・・・」
 大きく、ため息一つ。そして自分で殴ったくせに可哀想になって、その枕を抱きしめた。
「ほんっと、非道い男だ。あいつはー・・・」
 非道い。非道い。非道いったらない。早月めーっ。ぶつぶつぶつぶつ。いつまでも、ぶつぶつ。ひたすら、ぶつぶつ・・・。
 でも、そうやって呟くのはすぐに飽きてしまった。しばらく「むー」と一人で唸っていたが、結局何の反応もないのが面白くなくて、あたしは枕に問いかける。
「ねぇ。そう思うでしょ? あいつ、非道いよね? あんなこと言わなくても良いと思わない?」
「思う、思う」
 枕を二つに折って頷くような格好をさせて、あたしは自分で返事をした。おお、素直だ。枕。偉いぞ枕。自分で答えたことなど、あっさり忘れた。
「うんうんうんうん」
 と、何度も頷かせてみる。ひたすら頷かせてみる。しつこい程、頷かせてみる。
「うんうんうんうんうんうんうん」
 ありがとう。枕。
「・・・うん」
 ・・・何だか、満足感が湧いてきた。と、なるとまあ、そりゃ加速もするってもんで。
「だよねー」
「だよねー」
「非道いよね」
「非道い非道い」
 ボキャブラリー、ありません。枕、ただただ同意。いや。というか、そんなことよりも。
 何だ? この一人芝居は。しかし自分でも壊れてきていると思っても、もう止まらない。もう、どうでもいいやー。この際だから、調子こいて言いたいこと言わせて頂きますとも。ええ。
「最低だよね」
「うん。サイテー」
「サイテー、サイテー」
「わーい。サイテー、サイテー」
「人でなしー! イエー」
「ろくでなしー!! イエー!」
「うるさい」
「うるさー・・・」
 あやうく「うるさーい! ばんさーい!」とか叫びそうになったが、辛うじて踏みとどまる。苦情に万歳も何もない。
「・・・うるさい?」
 うるさいですって? 何よ。
 カチン。むっとして頬を膨らませていたら、こつん、と頭を小突かれた。
「あいたっ」
 何よう、邪魔しないでよう。っていうか、殴るなよぅ。
 そう言おうと思ったのに、早月が一瞬早かった。
「俺の枕に変なことを喋らせるな」
 あたしは床に。早月は椅子に座っている。早月の座っている椅子を背もたれにして座っていたから、真上を向くように見上げると呆れた顔の早月がいた。
 そう、ここは早月の部屋。そして殴ったのも喋ったのも早月の枕である。「昼間のことなど関係ないわい」と、ズカズカ部屋に入り込んだあたしを、早月はいつもと同じように迎えた。「いつものように」無言で。「いつものように」背中を向けたまま、見もしないで。
 つまり、簡単に言うと無視である。いつも無視だ。こいつは。いらっしゃい位、言ったらどうだ。おいっ。
 ・・・と思うが、言えない。何故なら。
「良く、本人の前で非道い男だとか言えるな。お前は」
「だって非道いもん」
「非道い非道い」
「だから、枕に変なことを喋らせるな」
 そう言って、早月は机に向き直った。
 そう。無言の訳は、いつも早月は勉強をしているから。一度邪魔をしようと思って覗き込んだが、数式に目が痛くなってやめた。早月の邪魔になるからとか、そういうわけでは決してないのである。
 ま。そんなことは、どうでもいい。とにかく暇ってことだ。ヤツが勉強している間は。
「・・・ちぇー」
 つまんねーの。いつも、この時間は退屈だ。口には出さないが、早く終わらせて構ってくれー。いつもいつも、そう思っている。構えー。構ってくれー。あたしが子供だったら、じたばたしながらそう叫んでも良いくらい、思ってる。だから構ってくれー。早くー。あー。もうー、じたばたしちゃおうかなぁー。うー。
「ほれ」
 そんなことを思っていたあたしの目の前に、ルービックキューブが落ちてきた。色は、しっちゃかめっちゃかになっている。どうやら早月は、あたしが「構ってくれ病」に罹っていたことを察していたらしい。早期発見、早期治療ってか。隙が無さ過ぎるぞ。早月。
「う・・・」
 だってこれは、あたしの暇潰しアイテム。そして多分、早月のお助けアイテムでもある。ぐずる赤ん坊に与えるガラガラと言えば分かり易いか? 要は、「これで一人で遊んでなさい」ってこと。
「む、むむ・・・」
 しかしあたしにとっては、そんな暢気な話ではない。これは「早月からの挑戦状」なのである。「出来るもんならやってみな」。そう言われた日から早半年。「おお! やったるわい!」と答えたものの、未だに出来た例しがない。出来て、一面。
 早月は、魔法のように綺麗さっぱり色を揃えてしまう。それを初めて見た時は、そりゃもう感動してしまった。今は羨ま・・・違った、憎らしくて仕方ないけど。くそーっ。
 うむむむむ・・・。
 枕を膝に置いて、その上に肘を付いて、あたしはその正方形に挑むことにした。悪戦苦闘している内に、早月の宿題も終わるだろう。
 むー。それにしても、本当に訳が分からないなぁ。これ。どうやったら六面揃えられるわけ? 





戻る 【目次】 次へ
×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。