3、改めて知る、お隣さんのすごさ。

「振ったぁ?」
 早月はそう言って、きょとんとした顔を空に向けた。そしてそのまま、ぽつんと呟く。
「・・・この間?」
 ふんっ。物覚え悪いヤツ!
 と思っていたら、早月は信じられない言葉を口にした。
「・・・誰のこと?」
「誰って、やす・・・は?」
 答えかけて、気付いた。「誰?」・・・ってことは、なんつーの? その・・・まさか。
「あんた・・・えー!? そんなに振りまくってるのか!? モテまくっているのか!? そうなのか!?」
「え? ・・・あ。いや、その・・・振りまくってるっつーか・・・」
 早月はらしくなく、今その失言に気が付いたような事を言ってはぐらかそうとする。でも、あたしはそれを許さなかった。勢いを持って、それを阻止しに掛かる。
「例えばここ半年で、振った数は何人なんだ!? 二人や三人や四人か!? それとも、それ以上か!?」
「・・・」
 顔を覗き込んでやかましく質問をぶつけたあたしを見て、早月は反論を諦め、困ったような顔をして頭を掻いた。続きの言葉は出てこない。これは、どうやら二人や三人や四人程度ではない振り模様(?)。信じられない。信じられないけれど・・・ヤツのこの態度は間違いない。
 マジっすか。
「たはー・・・」
 ・・・ビックリした。何だ。そうか。こいつは、そんなにモテるのか。そうなのか。知らなかった・・・。
 怒るのも忘れて、あたしは思わず感嘆のため息。見直した。感心したぞ。やるじゃないか。早月。などと、久しぶりに会った親戚の叔父さんのような心境になる。
 ・・・って、感心? している場合じゃない! あほか、あたしは!
「早月っ。あんた・・・っ」
 イヤな予感がして、あたしは思わず早月の胸ぐらを掴んだ。
「は?」
「あんた、まさか・・・っ他・・・他の子にも・・・っ」
「???」
 早月は不思議そうな顔をしている。頭一つは背の高い早月を引っ張って目線を合わせてから、そのきょとんとした表情に向かってあたしは言った。
「あたっ。あたしがあんたの部屋に入り浸ってるなんて事、いっ言ってないわよねぇ!?」
 そう。これが全ての事の始まりである。





 あたしは自分で言うのも何だが、こいつの部屋にほぼ毎日、居る。彼氏とか彼女とか、そういう関係でもないのに、居る。ただのお隣さんなのに、居る。隣が自宅なのに、わざわざ移動して、居る。これでもかっていうくらい、しつこく「入り浸っている」のである。
 それはそれは、これこそ自分で言うのも何だが座敷わらしの様である。起きている時間に限ればここ数年、自分の部屋よりもこいつの部屋にいる方が絶対多いことは間違いない。
 小学校後半時代や中学も二年生までは、幼なじみだのお隣だの言ってもそこは男女。思春期というか何というか(まあ結局、理由らしい理由などありはしないのだが)お互いに全然干渉しなかった。しなかった・・・のだが、高校受験の時に親公認で・・・というか半ば強制的に部屋に詰め込まれ、嫌々ながらも勉強を教えて貰ってから一緒にいることにすっかり馴染み、高校生になった今も通い詰めてしまっている。
 ・・・一方的に。つまりは、あたしが勝手にヤツの部屋に入り浸っているという状態。始めは強制だったこともあり、親はどちらも何とも思ってないらしい。
 今思うと、多感なあの時期に男女を二人密室に閉じこめるなんて、何を考えて居るんだか分からない二親×二。その四人から出てきたのが、この二人である。まったく、遺伝子ってやつは。神秘で偉大で不思議で、多分どっかが抜けている。
 ま、そんなことは、どうでも良いか。とにかく、あたしは入り浸ってるよ。ああ、入り浸ってるとも。こいつの部屋に。何が悪い。胸を張って、えっへん。である。別に悪いことしてないしー。である。こいつがどう思っているかとか、迷惑なのかもしれないとか、そういうことはそれこそどうでも良いしー。である。実際、一度だって気にしたことはない。
 だから。よって・・・それを、つい最近まで全く異常なこととは思わずにいた。「ある事件」が起こるまで。
 事件。それをきっかけに、「良いか悪いかはともかく、とにかく人に知られたらまずい」・・・ようだ。と言うことに、あたしは遅蒔きながらも気付いたのだ。





「あたしね。振られちゃった」
 ある日、友達はお昼を食べながらこう言った。仲良し三人組の内の一人。名前を康子(やすこ)ちゃんという。ちょっと大人びていて、しっかり者で、お姉さんみたいな友達。
 三つ机を合わせて、三角形になってあたし達は昼食を摂っていた。あたしと康子ちゃんが向かい合って、あたしの左側に(ひろ)ちゃんという女の子が座っている。元気でお調子者で、彼女が居るだけでいつも三人の間の空気は明るい感じ。そんな、定位置。
「え? 誰? 誰に?」
 尋ちゃんはあたしと康子ちゃんの間に身を乗り出して、康子ちゃんの顔を覗き込んだ。その後頭部を見ながら、あたしはパンを口にくわえたところだったので、それを出すわけにもいかず、そして驚きの余り、そのまま固まる。
 尋ちゃんを見て、それから間抜け面のあたしを見て、康子ちゃんは言った。どうして彼女はこんなに色っぽい仕草をするのだろう、と言うくらい艶めかしい仕草で。
「早月君」
「早月? ・・・? 誰それ」
 尋ちゃんは首を傾げて、上げていた腰を下ろした。知り合いではなかったので、興味が半分ほど失せたらしい。同じ学校、同じ学年でも、文系と理系はこれほどまでに交流が希薄なのである。
 ・・・実際は。
「・・・」
 だらだらだらだら。
 冷や汗が出てきた。パンをくわえたまま、あたしは別の意味でカチン、と更に固くなる。
 康子ちゃんが早月に? なななな、何でそんなことになってるんだろう。
「美優は、分かるでしょ?」
 そんなあたしを見て、康子ちゃんはくすくすと可笑しそうに笑った。その表情に、彼女は元気そうだと安心する心の余裕は、今のところ無い。
「? 美優? 知ってんの?」
 尋ちゃんは不思議そうな顔をして、あたしを見る。
 康子ちゃんはあたしに顔を近付け、ちゃんと尋ちゃんにも聞こえるように左側の耳に囁いた。
「毎日、彼の部屋に居るんだってね」
 爆弾投下。康子ちゃん、そりゃないっすよ。
 そう思った時は遅かった。
「えーーー!!??」
 その尋ちゃんの叫びの理由を知りたがるクラスメイトを誤魔化すのに、あたしだけが大変だったのは言うまでもない。





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