31、お隣さんの、お買い物。

「・・・あ」
 早月を闇雲に引っ張っていた美優は、そう呟いて急に立ち止まった。その視線の先。硝子越しに見えたのは、雑貨の数々。
 ぴたっ。といきなりそこに張り付いたと思ったら、美優はそれを上から下から見ている。端から見たら、水族館の硝子に張り付いている子供。目なんかキラキラしちゃって、まぁ。
 その横顔の方に気を取られていた早月。その早月の服を、ちょいちょいと美優は引っ張って振り返った。
「早月ー。これ可愛いー」
 そう言って美優が指さしたのは、ちょっと大振りのマグカップ。形は円柱状で、それだけのシンプルなマグカップ。配置のせいなのか店の雰囲気なのか、しかし確かに目を引いた。そう言われてやっと、早月も美優の隣からそれを見る。その早月の横顔に、ねだるように美優は言った。
「ね、ね、ね。買っても良い? で、早月んちに持ってっても良い?」
「良いけど・・・」
 そうだなぁ。と思う。美優の専用のマグカップはあるけど、それは勝手に早月が決めたカップである。彼女が来始めた時から、半ば自動的に決まっていたカップ。彼女が自分の好きな物で飲みたいというのなら、別にマグカップ一つ増えても構わない。
 とは、思うけど。
「わーい。何色が良いかなっ」
 お許しを貰って、美優は満面の笑みで硝子にひっつく。
 こらこらこら。と、その彼女のコートのフードを抓んで、早月は後ろに引っ張った。硝子、汚れるでしょー。と思いながらも、そうは言わないお隣さん。
「いつまで硝子に引っ付いてるんだよ。中入るぞ」
「そ、そか。うん」
 一瞬ビックリしたような顔が、嬉しそうな顔に変わって美優は頷く。そして歩き始めた早月の後ろに、足音を立てながら付いてきた。


「わー。丁度良い大きさ」
 美優は手に持って、いつもそうやって飲むように両手で持って笑った。彼女の持っているカップは白。他に青、黒、赤、黄、ベージュが有る。どれもパステルカラーで優しい色合い。
「うーん・・・迷うなぁー。赤も可愛いし青も良いよね・・・」
 そして早月が黒を持ったのを見て「黒も良いかも・・・」と、迷いっぷりを遺憾なく発揮。しかし一度取って手放せなくなったか、白いカップを持ったままキョロキョロと忙しなく見比べている。
 その、予想を裏切らない行動を呆れながらも面白いと思いつつ、早月はカップを元の位置に戻す。美優は、早月の手から離れたそのカップを、何故か名残惜しそうに見ていた。
「んー・・・」
 キョロキョロキョロキョロ。手元のカップと飾ってあるカップと、早月の顔を三角形にキョロキョロキョロ。カップ一つで。と、吹き出しそうになるのを隠すように、早月はちょっと顔を逸らした。
 その早月に気付いたのか「一緒に考えてー!」と駄々をこねてから、美優はコロコロとカップを手の中で転がしながら早月を見上げる。どうやら注意が逸れたのが面白くなかったらしい。言葉を話す赤ちゃん・・・みたい。
「はいはい・・・」
 取り敢えず危ない。と思い、早月はそのカップをやんわり取り上げた。
 しかしその裏の意味も分からない美優は、早月の手の中にあるカップと他のカップを再び忙しなく見比べて呟く。
「何色が良いと思う?」
「黒って感じじゃないなぁー」
 美優も。入れてやるミルクティーも。
 そう言った早月を、美優は見上げた。そして、何かに気付いたのか一瞬目を丸くする。
「?」
 それに気付き「どうかした?」と言いかけた早月からカップを受け取り、何を思ったか美優は別のカップを渡す。
「? 何?」
 黄色いカップ。それを持った早月を、美優は返事することなく、上から下まで見た。
「・・・???」
 そして、眉間に皺を寄せる。首を傾げて、今度は青、赤、黒、ベージュ。と、早月に次々とカップを持たせた。
「?? 何がしたいの? お前」
「ベージュ・・・も、悪くないけど」
 そう言って、最後に白いカップを戻す。それを持たされ、早月はさっき美優がしたように眉間に皺を寄せた。サッパリ訳が分かりません。
 そう思い、遠くを見つめた早月に、美優の声。
「やっぱさぁー」
 さっきと違い、物凄い笑顔。そして早月の持っているカップを指さして言った。
「白が良いなぁー。それが一番しっくりくるよー」
 どうやら美優は、いつも早月が持ってきてくれる白いカップに慣れてしまったらしい。
「俺に、しっくりきたってしょうがないだろ」という、密かな突っ込みは聞き入れられることなく、美優はウキウキとその白いカップを購入した。



「・・・かせよ」
「え?」
 今度はあっちに行きたい! と、目的もないくせに美優が言うから、ショッピングモールの中をフラフラし始めた二人。
 そして歩き始めて十メートルも経っていない頃だろうか。「かせ」早月は、そう言った。
「???」
 美優は、何のことか分からない。「かせ? 何が?」そう言ってキョロキョロと自分の周りを見ている。
「その紙袋」
 そう言って、さっき美優が買ったカップの入った紙袋を指さした。
「え? 何で?」
「持ってやるよ」
「・・・え? え? え?」
 良いの? 何で? そう思いながらも、嬉しかったらしい。美優は疑問を口にすることなく、ビックリした顔のまま両手で、それを差し出すように早月に渡した。
「・・・お前、さぁー」
 それを受け取って、ため息混じりに早月は一言。
「これの中、何が入ってるか分かってるよなぁ?」
 早月はそう言いながら、すれ違う人を避けた。人は、どんどん増えているようだ。さっきよりも前に進むのすら困難になっている。
「? カップ」
 美優はその早月の後ろに隠れて人をやり過ごしながら、不思議そうに答えた。
「・・・ですよねぇ?」
 分かってるなら何故。お前はアッチコッチにぶつけても平気な顔をしているのだ。
 と、早月は言いかけた。しかし言いかけた時、美優が誰かの足にでも躓いたのか、蹌踉けて早月の背中にしがみつく。
「ご、ごめんー」
 それを見て。
「・・・良いけど、気を付けろよ・・・」
 あー。しょうがない、っか。
 と、早月は早々諦めた。荷物だけ不注意でぶつけているならともかく、本人もアッチコッチにぶつかっている位じゃ、注意してどうなるもんでもないのかも知れない。ならばこの場は、取り敢えず自分の体に気を使って貰おう。
 そう思いつつ、しがみついてきた美優の手を引く。ぶつかってるだけならともかく、この分じゃ離れそうだ。そう思って。
「・・・え、えへへへ」
 そしたら隣から、物凄いだらしない・・・そして正直に嬉しそうな笑い声が聞こえてくる。そして繋いだ小さな手が、自分の手を僅かに強く握りしめ返したのを感じた。
 ・・・しょうがないなぁー。本当に。
 心の中で、そんな言い訳。何だかんだ言いたいことはあっても、それだけで済むのはお隣さんだからって事にも気付きつつ、早月は美優の手を引いた。




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