スイートサンデー

「昨日、さぁ」
 おもむろに、そう言ったのは尋ちゃんだった。
「何か、ほのぼのするカップルを見かけてさぁ」
 もぐもぐもぐ。月曜日。相も変わらず昼休み。三人で空腹を満たしている時間のことであった。
「なになに?」
「どんなカップル?」
 あたしと康子ちゃんは興味津々で尋ちゃんに先を促す。尋ちゃんはごっくんと一口を飲み込むと、お茶で喉を潤した。
「電車でね。見たんだけど」
 尋ちゃんは宙を見上げながらペットボトルの蓋を締めると、引き続きモグモグしつつ器用に話す。
「二人がけの椅子にさ。座ってるカップルでね」
「うんうん」
「えーと、何て言うのかな。彼女の方が壁・・・っていうか、ボックス席側に座ってて、彼氏の方が出口に近い方に座ってたの」
「ほうほう」
 あたしも康子ちゃんも尋ちゃんに倣い、食事を進めながら相槌を打つ。
「そしたらさ。彼女が寝ちゃって」
「へー」
「ふーん」
「で。そもそも何で彼氏の方が、それに気付いたかって言うとさ。彼女がコツンコツン自分の横の壁に頭ぶつけてたからなんだけど」
「何それ」
「彼女大丈夫か?」
 想像すると、ちょっと面白い光景。まぁ、酔っ払ったり寝ぼけたり、電車は時としてお笑いの巣窟になることは知っているけれども。
「それ見て、彼氏がちょっとビックリしてて」
「あはは」
「そりゃ、するだろうねー」
 暢気に笑う、昼下がり。明るい教室でまったり話をして笑って、平和だなー。はー。茶が美味い。お弁当も美味い。
「それでさ。彼氏がね。起こさないように彼女の頭と壁の間に手を入れてさ。庇って上げたりしてるんだ。これが」
「おー」
「そりゃ、いい男だな」
 確かに、ほのぼのする。あたしと康子ちゃんは顔を見合わせて、だらしなく笑った。でへへへへ。いいよね。こういう恋バナ(?)
「でもさ。彼女の動きが、まー気まままでさ。寝ちゃってるからしょうがないんだけど。彼氏も、そんなことばっか、やってられなかったんだろうね。しばらくそうしてたんだけど、最後には肩抱き寄せて自分の肩に寄りかからせてた」
「あらー」
「それはそれで、またいいねー」
 優しい彼氏だね。ねぇ。と、康子ちゃんと顔を見合わせて肩を竦めてしまう。
「そしたらさ。彼女もいい加減、一回目を覚ましたんだけど。その後は彼氏の腕にしがみ付いて引き続き寝てた」
「おいおい。彼女」
「どんだけ眠かったんだ」
 康子ちゃんと二人で、思わずツッコミを入れてしまう。せっかくのデート中に爆睡とは。
「重かっただろうねー」
「いくらなんでもねー」
「そうなんだろうね。彼氏、降りる駅で彼女起こしてから手をぶらぶら振ってた」
「可哀想ー」
「でも、最後まで頑張ったんだねー」
 偉いぞ。彼氏。
「・・・それで、さー」
 康子ちゃんは、そう言ってからまた一口頬張るが、その一口が大きかったのか、しばらくモゴモゴしてから仕切り直して、あたしがいつも使っている聞きなれた駅名を言う。
「着いたらさ。彼氏が肩揺すって彼女を起こしたんだけど。彼女完全に寝ぼけてて。電車の中でキョロキョロしてんの」
「へー」
「ふーん」
「でもさ。電車なんか、さっさと降りないと動き始めちゃうじゃん? 彼氏、網棚に置いてあったお菓子らしいのと荷物を持って、彼女の手を引いて降りてった」
「へー。なーんか、さり気無い感じだけどいいね。その彼氏」
 そんな事を言っている康子ちゃんの向かいで、あたしは最後の言葉に急に固まる。あれ? ・・・昨日?
 お菓子? ん?
 ・・・あれ? ・・・身に覚えがある。
 言葉を失ったあたしに、尋ちゃんは呆れた顔で言う。
「やっと気付いたかね」
「・・・はい?」
 そう返事はしてみたものの、口に運びかけたミートボールをお弁当箱に戻すことしか出来ないあたし。
「・・・ん? ・・・あれ? あら?」
 康子ちゃんが一人、珍しく置いてけぼりを食らっていたようだが、すぐに理解したかのようにあたしと尋ちゃんを交互に見ながら呟く。
「何? 今の話、美優のこと?」
「うむ」
 難しい顔をして頷く尋ちゃんを見てから、今度はあたしに康子ちゃんは呟く。
「じゃ、何? 今の話の彼氏って、早月君のこと?」
「・・・え?」
 そんなこと、聞かれても。
 いや。そうなんだろうけど。
 いや。そうなんだけど。
 いや。昨日、出掛けたのは早月とで。それはそうなんだけど。
「ちがっ」
 何だか色々考えた末、あたしは慌てて否定した。何を否定しているのか、自分でも分からないのだが、何だかこのまま「はい。それは、あたしのこってす」とは言えなくて。
 しかし、この一言が一番言ってはいけない一言だったらしい。
「は? 何が違うのかね。ええ?」
 尋ちゃんは何故か、既にお怒りのご様子。っとー・・・何で? 何で怒るの?
「あー。あんたー。もしかして、寝ぼけて『こっちが気持ちよく寝てるのに起こしやがって早月のヤツめ』とか、思ってたんじゃないでしょうね」
 その尋ちゃんの心境を代弁したのか、康子ちゃんがこんな事を言う。
「絶対思ってたよ。この子」
 その質問には、あたしの代わりに尋ちゃんが答えた。
「起こされて、何か、ぶーたれてたもん。早月君『はいはい』って言いながら、全然聞いてなかったけど」
「・・・」
 思い出した。確かに、ぶーたれてた。あたし。いきなり何ー? とか言いながら。もう少し優しく起こせ。・・・とか。
 でも、正直にそんなことを言ったら駄目かもしれない。
 いや。駄目だろう。メッチャお怒りのご様子だ。尋ちゃん。えー? 何でー?
「美優。あんたねぇ」
 その理由を今から言うから良く聞け。とでも言いたいのか、尋ちゃんはびしっとあたしの眉間に人差し指を突き刺して言う。(比喩)
「寝てたから知らないんだろうけどねぇ。早月君。滅茶苦茶あんたのこと気遣ってたよ。あたし、あと一駅降りる駅が後だったら二人の間に割り込んで『そんなに気を使わないで、こんな奴叩き起こして良いです!』って叫ぶところだったわ」
「そうなんだ。早月君たら・・・」
 奇特な人。と、康子ちゃんは一人遠い眼をして呟いている。
「途中で鞄も落とすしさー。それ、美優を起こさないように気を付けながら早月君拾ってくれてたよ。あんた、駅に降りてしばらくしてから『鞄が無い!』って騒いだでしょ。恥ずかしー」
「・・・」
 何で全部見てるの。尋ちゃん。
 とは言い返せず。さすがに赤面を隠し切れないあたし。
「もー・・・」
 そんなあたしを見て、ようやく怒りが収まってきた模様の尋ちゃん。頬杖を付いて、ため息混じりにこう言った。
「変な言い方だけど、本当に感謝しなよー? それから、もうちょっと大事にしなさい。しばらく二人を見てて、あたし初めて彼氏欲しいって本気で思ったわ」
「あら」
 そんな尋ちゃんを慰めるように康子ちゃんが尋ちゃんの頭をなでなでする。ちょっと羨ましい。
 と、思っていたあたしに、康子ちゃんはこう言った。
「よっぽど早月君が優しかったんだねー。尋ちゃん」
「優しいなんてもんじゃないよ。康子ちゃん。あれはもう、ボランティアの域に達しているよ」
「なるほど。奉仕の心か」
「・・・」
 うぐぐぐ。羞恥心と照れで言い返すことが出来ない。
 そのあたしの顔を覗き込み、彼女たちは代わる代わるこう言った。
「で?」
「休日にデートですか?」
「何してたの?」
「どこ行ったの?」
「何で寝たの?」
「つまんなかったの?」
「ちがっ」
 両手をブンブン振り回して、あたしは叫んだ。
「ちがーう!!」


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