お隣さんの落し物

「早月ぃー・・・」
 と、弱々しい声がかかったのは、ほっと一息ついてシャーペンの芯を引っ込めた時だった。
「・・・何」
 言うまでもないが、上記はお隣さんの声である。終わった瞬間を見計らって声をかけてくる彼女に、もう少し他のスキルを磨きなさいと言いたくなるのを抑えて早月は振り返った。教育的指導を言わなかったのは、面倒だったから。それから、美優の声が心持ち元気が無かったからだ。多分親でも気付かないこの些細な変化を確実に感知して、自分の座っている背もたれに隠れている美優を見る。
「・・・ごめんなさい」
「は?」
 いきなりの謝罪に、早月は若干目を丸くして呟いた。何だ。何をしたんだお前。と、少し警戒したが、美優のやることなどタカが知れていると思い直し、受け入れる心の準備を素早く整える。相変わらず仙人のような心の広さを見せる早月。
 その早月に、美優はボソボソと事の真相を口にする。
「鞄に付けてたの・・・無くなっちゃった・・・」
「鞄?」
 何のこと? と、聞き返し、美優がこれまたボソボソと言い訳した事を聞いて、早月はやっと何のことか思い出した。
 そして、どうして早月に謝罪することになったかは、二ヶ月程前にここ(早月の部屋)で繰り広げられた以下の理由から。


「さーつき。勉強終わったかね。終わったかね。そうかね」
 と、この時は、それこそ最後の一文字を書き終わった瞬間位に美優が椅子を揺すって「さぁ。じゃあ、心置きなくあたしに構え」と主張し始めた。日に日に、どうでも良いスキルだけが向上していくお隣さん。それを止める術は早月にはない。
「ちょっと、ま、待てって」
 迂闊に腰を上げたら美優が自分で引っ張っている椅子の下敷きになるかもという心配までさせられながら、早月は動くことも出来ずに呟く。
 机の上は、まだ色々と散乱している。さっさと終わったばかりの宿題を鞄に入れておかないと、明日忘れるかもしれない。忘れたら努力した甲斐がないじゃないか。と、珍しく高校生みたいな思考で抗議した早月に対し、美優は更に加速した。
「何だとー? それが大人しく待っていた隣人に言う言葉なのかー?」
「ただの隣人なら過度な主張は慎め」
「遠くの親戚よりも近くの隣人という言葉を知らんのか」
「それを言うなら遠くの親戚よりも近くの知人だろ」
 隣人なら言わんでも近くにいるだろうが。腹痛が痛いのか。お前は。と、すらすら言い返した早月の言葉に、一瞬考える素振りをした美優は、理解するのを簡単に諦めて、ついでに言い合っていたことも忘れ去って「オセロやろー。オセロ」と、はしゃいでいる。何度挑んでも全然勝てないくせに、本当に懲りない女である。
「待てってば。こら」
 この状態で構えば構うほど無駄な時間が増えるのを分かっている早月は、とりあえず美優を放っておいてテキストとノートを束ねる。それを早月の肩越しに見ていた美優は、ある物に気付いて、急に早月の肩に覆いかぶさった。がばっ。
「わ。な、何だよ」
「あれ。何あれ」
 美優がその状態で取ろうとしても取れずに指をさしたのは、早月の机の奥にある、小さなビニール袋に包まれた「何か」であった。グリーン色の小さなそれは、コロンと丸まって机の片隅に転がっている。
「ああ・・・これ?」
 美優を半分背負うような状態で、早月はそれを手に取る。そして美優に渡した。
 するとそれに興味が移ったか、やっと肩から降りたので、早月はこれ幸いとばかりに片付けにかかる。
「何これ」
「ペットボトルのお茶についてたおまけ」
「開けて良い?」
「良いよ」
 その小さなビニールの中身は、某キャラクターの小さな人形だった。用途はストラップなのか、頭に紐が付いている。
「おお」
 そう言った後、目の前でそれを揺らしながら、美優は手元と早月を交互に見る。
「・・・別に、それ目当てで買ったんじゃないからな」
 美優が何を探っているのかが分かって、早月は呆れた顔をして呟く。そして、ガタガタされるのが収まっている内に。と、椅子から立ち上がって伸びをしながら呟いた。
「いるんならやるよ」
「え? 良いの?」
「良いよ。っていうか、俺持っててもしょうがないし。どうせ捨てることになるし」
「えー。可哀想」
「だからやるって」
「わーい」
 美優はそう言って、それを指に引っ掛けたまま万歳をした。そして、そのままの状態で呟く。
「じゃあ、お茶飲みながらオセロしよう」
「・・・」
 傍若無人。という言葉が浮かぶ。
 もしかしたら、こいつはかの有名なジャイアンなのかもしれない。とも思う。
 ・・・が、それにしては勝とうと思えば簡単に勝てるので許すことにした。出ない杭は、結局叩かれないのである。


 そんな女ジャイアン(仮認定)が、言うには、こういうことらしい。
 学校に持っていく鞄に、もらったストラップを付けていた。(それは次の日に美優から主張されたので知っていた)
 今日学校で気付いたのだが、それがあるはずの所に無かった。がびーん。
 昨日までは絶対あった。この目で見たから間違いない。絶対にあった。
 それで、学校も家も探したけど見付からない。
 落としたようだ。
 ついでに通学路も探して見たけど影も形も無い。
 やっぱりどっかで落としたようだ。
 ごめんなさい。
「・・・え?」
 話を聞いて、早月はしばし言葉を失った。そして、慌てて本心を口にする。
「や。良いよ。別に」
 そんなん。全然良いよ。と、早月は付け加えた。むしろ、それに対しての美優の落ち込みように驚いてしまう。そんなに落ち込むこと無いのに。
 そしてこの瞬間、美優はジャイアンの座から転落した。
「・・・でも・・・せっかく、くれたのに」
「いや。くれたって言っても・・・」
 おまけだし。捨てるつもりのものだったし。自分は使わないものだから貰ってもらって助かったし。と言いつつ、あんまり言うと逆に美優を落ち込ませるかもしれないと、珍しく気を使いながら早月は説明する。
「・・・うう・・・」
 それでも美優はショックだったらしい。「すまーん。すまーん」と冗談めかして言いつつも、泣きそうな顔をして延々謝ってくる。
「も、もう良いって。ホントに」
 っていうか、そんなに一生懸命謝られても困る。と、ズバッと本心を口にして美優を黙らせると、早月はため息をつきながら立ち上がった。
「さっさと忘れろ。そんなこと」
「・・・えー・・・?」
「いつまで、そんなもんで落ち込む気だ。しょうがないだろ。落としたもんは」
「・・・でもー・・・」
「でもじゃない」
 ホントにもー。
 はー・・・。と、大きなため息をこれ見よがしに付いてから、早月は明後日の方に視線をずらして呟く。
「やった本人が気にすんなって言ってるんだから気にすんな。本当に、もう良いから」
「・・・」
 そしたら、うる。と、美優の目が潤んだので「泣くなっつーの」と、ペンッとデコピンをかまして怒らせてやった。
「早月の人でなしー!」
 と、美優がデコを抑えながら叫ぶから「人でなしで結構」と言いながら部屋を出る。
 美優は分かってない。泣かれるくらいなら傍若無人でいてくれた方がどんだけ楽か。と、思っている早月の心の内なんて。
 でも、早月は分かってる。美優が、そのストラップを気に入っていたからではなく、自分が上げたものだからあんなに落ち込んでるということを。
 だからこそ、余計に困るんですよ。そんなに落ち込まれると。

 まあ、その後は簡単なもので。
 早月が許したこととミルクティーが来た事で、美優は完全に立ち直った模様。
 んじゃあ、あの時と同じようにオセロでもしますかね。と、遊び始めたものの、美優は物の見事にやられまくるのでジタバタと暴れていつもと変わらない状態に突入。それを見てから、安心して実家にお返ししました。



 それで、その夜のこと。
 美優からメールが飛んできた。
「見付かりました」
 という題名で、添付された写真には、あのストラップ。上の紐は切れているものの、本体は無傷の様子。
「鞄の中に落ちてた(笑)」というメールを見て、「(笑)じゃねーだろ」と一人で突っ込みつつ、気を使ったこととかが何となく納得出来なかったので、早月は「あほたれ」と返しましたとさ。


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