続。

 あーん。大きな口を開けて、プリンアラモードを一口ぱくり。そして、むぐむぐむぐ、と、やけに一生懸命食べる彼女を見ていた。一生懸命すぎて笑顔を失っているが、その食べっぷりからするに、美味しいと思っていることは間違いないと思われる。
「みーちゃん。もー。ほら。そんなに沢山口に詰め込まないの」
 そう言って彼女の隣の母親が、口の周りに付いた生クリームをナプキンで拭った。
「やー」
 しかし気に入らなかったらしい。彼女はそう言って首をブンブン振り、ついでに持っていたスプーンもブンブン振り回す。
「あら。あららら」
 僅かに飛んだ生クリームが机にくっつく。それを慌てて拭いていた母親に、その机の持ち主は笑顔で言った。
「気にしなくて良いのよ。全然大丈夫だから」
「ご、ごめんなさい。もー。この子ったら」
 そう言って娘を見ると、再び一生懸命プリンを崩して口に運ぼうとしている。微笑ましい。焦っているのは母親だけで、その隣の女性は暖かい眼差しを彼女に送っていた。これがこの時期にしか持ち得ない、無防備な可愛さであることを知っている。
 そして知らないはずの、この人も知っている。
 あ、カラメルが顎を伝って服の中に入りそう。
 隣にいた早月は、マジマジとその横顔を見ていて気付いた。一生懸命にプリンを食べる、その横顔から最後まで目が離せなかった男である。こういう男が、飲み会の最後の最後まで素面でいて酔っぱらいの世話や片付けをすることになるのである。
 しかし、それはまだ経験していないので本人には分からない話。
 手出しをするつもりはなかったが、立ち上がり、ティッシュをちょっと水で濡らして彼女の顎をそっと拭いてやった。
「・・・」
 きょとん。彼女は。
 ・・・基、みーちゃんは目をまん丸くして早月を見上げる。
 そんな彼女と暫し見つめ合った後、ほっぺたに付いている生クリームに気付いた。さっき母親が慌てて拭いて飛び火したらしい。
 髪に付きそうだ。そう思って、それもそっと拭いて上げた。そして、何やら大人しくしているようなので、ついでに口の周りも拭いてやる。ごしごしごし。しかしさっきとは異なり、目を閉じて彼女はされるがまま。
 拭いてから、どうせまた汚れるんだと気付いた。まぁ、いっか。そう思いながらゴミを丸めていると、その様子を年輩女性二人がポカンとして見ている。
 その視線と目が合って、早月はその二人の顔を見比べた。何があったのか。そう思う鼻腔を、目の前のコーヒーの香りが撫でる。
「早月君。すごいわねぇ。その子、そういうこと凄く嫌がるのに」
「男の人だからビックリしちゃって嫌がるの忘れちゃってるのかしらねぇ」
 フォローのつもりなのか何なのか。自分の母親はそんなことを言ってけたけた笑っている。しかし嫌がるのを忘れるというのも、考えてみれば情けない話だ。
 親の代わりに申し訳なくなって隣を見る。どこから持ってきたのか、子供用の小さな椅子に座った「みーちゃん」こと、従兄弟の子供「美里ちゃん」は一生懸命プリンを食べて、再び口の周りを汚していた。



「あははは」
「あはははは」
 母親の姉、の娘。つまり従兄弟。
 ちょっと年上の彼女は、自分の母親と甲高い声で笑っている。背中の方で。つまり、さっきいたダイビングテーブルで。
 うーん。早月はリビングのソファで一人、見ても居ないテレビの前で思った。部屋に戻っても良い物か。と。
 身内とはいえ、来客に変わりない。そう思いお茶も付き合って今もここにいるけれど、自分は居ても居なくても変わりないんじゃないかと思うのである。だったら部屋に戻って好きなことをしている方が、お互いのために良いのではないかと。少なくとも自分にとっては良いのではないかと。
 そしたらお隣さんが来たところで全然構わなかったのではないかと。・・・いや、別にそこはどっちでも良いけど。今から敢えて呼ぶ気もないし。ただ単に、それ位自分はここに必要ないんじゃないかと思っただけで。
 とろとろとろとろ。そんなことを一人、考えていた早月の耳に・・・いや、それはあくまで比喩であって、聴覚が刺激されたわけではなかったのだけれど。その気配には慣れというか特殊能力というかで敏感な早月は、足下の気配に気付いて視線を向けた。
 とろとろとろとろ。よつんばでみーちゃんが目の前を徐行中。目の前のテーブルに頭をぶつけそうなところを敢えて選んで進んでいるようなコース選択は、生存本能が欠けているとしか思えない。
 危ない。そう思い、けれど犬猫みたいに持ち上げるのも一瞬躊躇って早月は彼女の選択に任せ、ただ手を伸ばした。無理かな? と思った早月の手を見て、みーちゃん、きょとん。そしてその手の先に早月が居るのを見上げ、みーちゃんは万歳するように早月の手を求めてくる。あれ? と思いながら、流れで早月はみーちゃんを抱き上げる。
 そして、抱き上げてみたもののどうしよう。と思いながら膝の上に座らせると、早月の腕を背もたれにしてみーちゃんはベストポジションを見付けたか、脱力してご満悦な顔。
 あれれれ。と思った早月の顔を、娘が気になったのか覗き込んできた従兄弟が、からかうように笑って言った。
「あらら。みーちゃん、早月君が好きなのね」
 好きなのねって。
「丁度良いじゃない。早月、みーちゃん見ててね」
 自分の母親は「しめた」とばかりに従兄弟を呼び戻し、二人でお菓子を抓みながら話を再開する。
 その背後と腕の中を見比べ、早月は思わず「しまった」と思った。これじゃ母親の思い通りじゃないか。部屋に行けないし。重いし。何も出来ないし。しかし振り返っても、最早従兄弟すら、こっちを気にする気配はない。
 あのさ。普通、その膝の上に置いておくものじゃないの? この子。そう思いながらみーちゃんに視線を戻すと、髪が僅かに乱れているのに気付く。そして指でそっと、目に掛かりそうな髪をどけてやった。みーちゃんは、やっぱりご満悦な顔でされるがまま。思えば、この子のこういう態度も原因の一つなのだ。何でかなぁ。納得出来ないなぁ。どうしてこうなるのかなぁ?
 悪くはないけど。そう思う早月の腕の中で、みーちゃんは早くもウトウト。心地良いのは分かる。けれどそんなに無防備で良いのか。と思い、気付いた。子供は良いのだ。と。「子供は」ね。
 そして、その寝顔を見ながら気付く。そうだ。さっきから、何かおかしいと思ってたんだ。どうしてこの子に、ちょっとした突っ込みをしてしまうのか、と。そして、その原因に気付いた。
 みーちゃん。て。
 別に誰とは言わない。でも引っ掛かる物を覚えるのだ。その「音」には。
 音の力なのか、遺伝子なのか。
 それとも持って生まれた素質なのか。そう思いながら、今日昼間に来た、やせ我慢としか言えないメールを思い出して何故か罪悪感を覚えた早月は、それをみーちゃんに還元することにした。みーちゃんが寝やすいように少し背もたれ・・・基、腕を倒して、ちゃんと頭と背中を支えてやる。そして、腕が筋肉痛になりそうだけど、まあいっか。と、その寝顔と引き替えに僅かな痛みを諦めと共に受け入れた。
 みーちゃんは、それはそれは幸せそうに眠りについた。

 結局、そういう無意識な行動が「そういう」生物を呼び寄せていることなど、分からないままのお隣さんなのであった。





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