お隣さんと、子猫ちゃん。

 ごろごろごろ。
「・・・ん?」
 信号待ち。その小さな音に気付いて下を見ると、小さな猫が靴に頬をすり寄せて甘えている。
「?」
 何か美味い匂いでもしたか? いや、靴に食べ物なんかひっかけてないしなぁ。そう思いながら、しゃがんで手を伸ばす。
 するとその猫は逃げるかと思いきや、手に頬を擦るようにして甘えてきた。ごろごろごろごろ。特に何をしてやったわけでもないのに、ごろごろごろごろ。喉を鳴らし、猫はやたらと甘えてくる。
「・・・」
 誰かに似てる。そう思いながら・・・。
 いや、そう思うからこそ、の間違いだ。そして言葉が通じないという、おまけ付き。
 ということは間違いなくたちが悪い。ので、早月は迷わず立ち上がった。そして青になった横断歩道を渡り始める。慣れられても困るし、だから気を引いてしまったら、かえって可哀想だと思って。
 そして一歩一歩進む度。小さな小さな猫の鳴き声、それが僅かずつ小さくなる。でも振り返らない。振り返っちゃ、いけない。振り返るべきではない。駄目駄目駄目。と、心を鬼にして早月は歩いた。その足が重くて、無意識に速度が落ちても、駄目なものは駄目。と、頑張って前進。
 その早月の後ろを車が一台、音を立てて通り過ぎていった。首筋を撫でる風と音。肩を竦め、心配になって思わず振り返る。
 そこに猫はいる。大した強さでもない風に毛は靡き、小さな体は吹き飛びそうに見えた。でも、猫は横断歩道の向こう側にちょこん。止み掛けてきた風。今のところ、危険はない。
 しかし案の定、それが良くなかったようだ。とろとろとろとろ。誰かみたいな足取りで、猫は目が合ってから早月の後を追ってきた。
「あ、馬鹿」
「彼女」に対する言葉みたいに言って、早月は慌てて横断歩道を戻った。そしてしゃがんで、その猫を止める。
 信号は点滅中。右折してきた車は、減速もせずに曲がって行った。戻らなかったら多分、轢かれていただろう。
「何やってるんだよ。お前はー」
 そう言いながら手を伸ばすと、まるで縋るかのように猫は体ごと委ねてくる。ごろごろごろごろ。柔らかくて暖かい感触。小さな体。
 ・・・離れられなくなる。卑怯だ。狡い。
「・・・お前、なぁー・・・」
 そう言いながら、しょうがないから首を撫でてやる。ごろごろごろ。それはもう、猫は気持ちよさそうに目を閉じた。ごろごろごろごろ。こんな事でこんなにご満悦そうな顔を見せるのは見たことが・・・。
 と、思って早月は僅かに顔を顰めた。いや、いた。約一名思い当たる。そう思って。約一名だけ。約一名・・・しか、思い付かない。いや、それで十分か。
 なんて、そう思う当たり、結局そっくりだと無意識に思ってる証でありまして。
 さて、隠す意味もないのでハッキリ言えば「お隣さん」にそっくりな子猫ちゃん。ごろごろごろごろ。これまた彼女と同じく、どこまでも甘えてきて離れない。さて、どうしたもんだろう、と思いながら撫でてやって。
 そして気付いた。首輪をしている。ということは、どこかの飼い猫なのだ。
 ・・・そうか。そうか。そう思う。そして納得。この子が野良で生きてきたとも思えないし、生きていけるとも思えないもんなぁ、と。やっぱり・・・誰かさん、みたいに・・・うん。
 すると帰るべき場所があるという事実にほんの僅か、早月の気は弛んだ。しょうがない。せめて安全な場所まで連れていくか、交番にでも届けるかしてやろう。この子、放っておくと危ない。絶対危ない。そういう勘というか予想というかには、自分でも認めたくない経験値故の自信のある早月。その上で放っておける性分なら、きっと今現在「こんな風に」なっていないはずなのでありまして。
 どうしてこういう生き物にばかり、出会ってしまうのか。そう思った時点で、つまり諦めたのでありました。





【目次】 次へ
×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。