29? 二人の当たり前。

 それからは毎日毎日、何だかんだ言いつつ彼女は俺の部屋に来た。本当は勉強机の方が集中しやすいのだが、しょうがない。ということで、テーブルで勉強することにする。
 最初は、面白くなさそうな顔をしてきた彼女。正確には、面白くなさそうな顔をしようとしている彼女。そのくせ、すぐそれは崩れた。
「ここ、出来ないとまずいよ」と言えば、泣きそうになる癖に一生懸命ほっぺた膨らませるし。「何か飲む?」って聞くと照れたように顔を何かで隠しながら、こくこく頷いた。
 一番可笑しかったのは、初めてミルクティー作ってやった時だったなぁ。未だに、あの表情の意味は分からないけど。
 あの日は俺も甘い物が飲みたかったから、二人分ミルクティーを作って渡してやった。紅茶を作ってミルクとかレモンを添えてやれば良かったのかも知れないけど、生憎これはそういう訳にもいかない。紅茶を煮出してミルクを加えちゃうから。
 手渡して、彼女はちょっと驚いたように目を丸くした。
「? これ何?」
 って、彼女は手元をまじまじと見ながら言う。多分こういうの好きだろうと思っていただけに、彼女が分からなかったのはちょっと不思議だった。
「ミルクティーだけど?」
「・・・あ、そう・・・なんだ」
 やっぱ、そうだよね・・・。と、マジマジそれを見ながら彼女は、ぶつぶつ何かを呟いている。何だ? このテンションの低さは。
「どうかした?」
「え? う・・・ううん。あ、ありがとう・・・」
 彼女は何度も首を横に振ってから、ちょっと視線を明後日の方にずらし、やがてふー、と息を吹きかけてから一口飲んだ。
 どうかしたかなぁ? そう思いながら見ていたら、一口飲みこんだ彼女が目をまん丸にして手元のカップを見る。そしてビックリしたような視線をそのまま、俺の方にも向けた。
「?」
 不思議そうな顔をした俺に、何故か照れたような顔をして肩を竦め、彼女は言う。
「お・・・美味しいねー。これー・・・」
 そして、ふにゃーって。多分、今までで一番柔らかい笑顔を見せる。俺の体からも力が抜けるような笑顔。ミルクティーくらいで。と思った俺の前で、彼女は嬉しそうに両手で大切そうにマグカップを口に運んだ。
 まあ、うん。その表情は可愛かったし、美味しいと言って貰えたのは素直に嬉しかった。
 でも、何だか可笑しくて。素直な、そういう表情が可笑しくて。ミルクティーで凄い幸せそうな顔をしてい彼女を見ているのが楽しくて。
 俺は、また笑った。その時彼女は「何よー」と言って口を尖らせただけで、頬を膨らませたりはしなかったけれど。










 なっつかしいなぁー。
 三月某日。受験後の季節。ふと思い出して、俺はそんなことを思う。あれから、もう二年か。高校生がこう言うのも何だが、時が過ぎるのは本当に早い。
 で、言うまでもないが、その後二人共無事合格。現在に至る。
 ちなみに受験後「この状態が無くなるのかも」・・・なんて思う暇すらなかった。彼女は受験が終わってから合格発表までは寄りつかなかったくせに、合格した途端に「ちぃーっす!!」とか言いながら部屋に入ってきたのだ。どうせ、合格が分かるまでは自分の部屋でビクビクしていたに違いない。
「早月?」
 で、それから毎日のようにここに来ている。のである。
「早月ー? ねえねえねえ? 終わった? まだ? まだ? まだ終わらない??」
 そう、今日も。さっき「おっ邪魔。邪魔邪魔」と、意味不明な言葉を呟きながら部屋に入ってきていた。振り向くと構って貰えると思うらしいので、キリが良いところまでは無視しようと思ったのは高校一年生夏頃の話。
「・・・」
 その声と膝の上の重みに気付いて右下を見ると、お隣さんが膝の上にグーにした手を付いて、こっちを見上げていた。物凄い期待しているような顔をしている。勉強から気が逸れたのを感じ取って、彼女は「終わったのか? 終わったなら早く構え」と急かしているようだ。普段はとことん鈍いくせに、こう言うところだけは抜け目無い。
「あと一ページ」
 珍しく集中が切れた。でも、こいつに構い始めたら勉強など出来なくなってしまうので、俺は正直に答える。そして、しゅん・・・と項垂れる彼女の頭をポンと叩いた。
「お前、猫みたいだぞ」
「・・・」
 その言葉に、彼女が過敏に反応して唇を尖らせる。素早い。珍しい。と思ったら彼女が言った。
「康子ちゃんと尋ちゃんには室内犬て言われた・・・」
「・・・ああ、そう」
 うん。それでも合ってるな。そう思った俺のトレーナーの裾で遊びながら、彼女は面白くなさそうに呟く。
「うさぎでも良いって」
「うさぎ?」
「寂しいと死んじゃうんだって」
「・・・なるほど」
 上手いことを言うもんだ。まあ、うさぎは、こんなに積極的に構えとは言わなさそうだけど。
「・・・」
 その肯定の言葉に、彼女はむっとした顔で俺を見上げた。はいはい。そろそろご機嫌が斜めになりそうですね。そう思って、その顔を覗き込む。
 そして、ちょっと目を丸くした彼女に言った。
「ところで、日曜日行きたい場所決まった?」







「・・・」
 ポッと頬を染めた美優は、視線を僅かに逸らして小さく首を横に振った。ニッコリ笑って早月は言う。
「じゃ、もうちょっとで終わるから考えてて」
「わ、わか、分かった・・・っ」
 美優はこくこく頷きそう言って、四つんばになりフラフラと離れていく。そして大人しく定位置に着くと膝を抱えた。
 弛みそうなほっぺたを膝に付けて、目を強く閉じる。一人だけ動揺しているのが面白くなくて。照れくさくて。悔しくて。ちょっと、何だか嬉しくて。
 つまり、彼女は知らないんだな。頬を染めた彼女の表情に、ちょっとだけ照れてる背中合わせのお隣さんのこと。


 背中合わせの二人。隣同士の二人。そんな二人の距離は、近いのか遠いのか。
 この先どうなる? なんて、誰にも分かりません。本人達が分からないんだから、そりゃもうお手上げなんです。


 ただ多分、確かなことは。
 一緒に居て当たり前。隣に君が当たり前。そんな当たり前は、当たり前だからこそ続く。
 ずっと続く。きっとね。





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