27? 二人の始まり。

「というわけで」
 横から聞こえてきたのは、女の声。それは、誰よりも聞き慣れた女の声。ある意味で、人生で最も特別な女性の声。・・・ある意味で・・・あくまでも、ある意味で。
 そのウキウキしたような明るい声は、こう続いた。
「いらっしゃい。ようこそ、ようこそ」


 場所は、我が家の玄関。横に一人、前に二人。計三人の女を前に、俺は固まった。どうなってんだよ。これ。そんな気持ちは心に充満していたが、口には出せずに目を丸くすることしか出来ない。
 取り敢えず、おかしいだろ。どう考えても。何がおかしいって、俺一人が被害を受けているこの現状。あり得ないだろ。
「ごめんねぇ。早月君。ほら、美優」
「・・・うー・・・」
 しかし、どうやら向かい合った「彼女」も同じ気持ちだったらしい。驚きこそ無いものの、面白くなさそうに俺を睨んでウンウン唸っている。・・・って、何故俺が睨まれる?
「あんたが、ちゃんと勉強しないからいけないんでしょうが」
 その彼女の隣。向かい合った、もう一人の女。基、隣のおばさんが、そんなことを言って娘を小突いている。あの、そう言うことは家でやって貰えると有り難いんですけど。
 そう思った俺の前、ズズイと出てきたのは、そのお隣のおばさんである。つまり、さっきまで横にいた俺の母さんだ。手をヒラヒラさせて、彼女はこんな事を言う。
「いいのよぅ。早月も暇してたし」
「・・・暇?」
 おい、今何つった? 息子は今、高校受験目の前にして少なからずあたふたしてるんだぞ。それを、暇っつったのか? 暇なわけねーだろ。夜遅くまで勉強しているのをさっさと寝ている母さんが知らなくても無理はないが、それにしても「暇」は無いだろう。あんまりである。
 しかし、おばさん同士はお構いなしだ。緩やかに世間話に突入していく。
「あら、そう? でも早月君、頭良いんでしょう? 勉強、ちゃんとしているんじゃないの?」
「良くない。良くない。大したこと無いわよ。あんなの」
 ・・・あんなの。自分が生んだ息子だと言うことを忘れているんだろうか? それとも、その事実自体が間違っているのだろうか。何はともあれ、耳と人生のこれまでを疑いたくなる暴言が、目の前の母さんからポンポン出てくる。
「でも、うちの美優じゃ全然付いていけないから・・・」
「居てくれるだけで良いのよう。何だか空気が華やかになるし、早月もサボろうとしなくなるだろうから丁度良いわ」
 サボってねぇよ。勝手に決めないで欲しい。それなりに頑張ってるぞ。息子は。
「うちの子もー。すぐ気が逸れちゃうみたいで」
「どこも一緒よー。だから、二人で勉強させた方が良いのよ」
「そうねぇ・・・でもホント、邪魔になるようだったら言ってね」
「大丈夫大丈夫。もし、そうだったら早月を追い出すから」
 ・・・黙って聞いていれば、全てがおかしい。
 頭が痛くなってきた。俺は、母さんの影に隠れて頭を抱える。よりによって、こんな時期に何を考えて居るんだ、母さんよ。




 数時間前のことである。学校から帰ったら、「おかえり」の直後、母さんは言った。
「今日からね。お隣の美優ちゃんが来るから」
「は?」
一瞬、何のことか分からなくて返事に詰まった。そして「お隣? 美優? ああ、そう言えば隣に、そんな名前の同級生が住んでいたな」と、思い出す。小学校低学年くらいから、交流は全然ない。隣と言ってもこの程度の認識。多分、向こうもそうだろう。これはきっと、仲が悪いよりも疎遠な関係。
 俺も彼女も、中学二年生の三月の事だった。まあ、もう三年生と言っても過言ではない。・・・うーん。どうでも良いか。こんな話。
「へぇー? ・・・そうなんだ」
 理由がサッパリ分からんが、別に俺には関係のない話である。お隣で、しかも同級生の女の子が家に上がるからと言って、緊張や拒否をするような性格でもなきゃ時期でもない。どうせ俺は、勉強があるから部屋に籠もるし。構う理由もなければ構えない大義名分もある。茶を飲みに来るのか、はたまた別の理由なのか、別にどうでも良いし勝手にやっててくれ。俺には関係のない話だ。
 余り煩くないと有り難い。そう思いながら、階上の自分の部屋に行こうとした時だった。追いかけてきた母さんの言葉は、以下の通り。
「部屋、片付けておいてね」
「はいよー・・・・・・はい?」
 階段を上り掛け、返事を仕掛け、俺はその行動の全てを止めた。そして慌ててリビングに顔を戻す。
「・・・何で?」
「美優ちゃん、あんたの部屋にお通しするから」
 何を言ってるんだろう。この人。
 眉間に皺を寄せてそう思った俺に、母さんは笑顔で言った。
「今日『から』、一緒に勉強して貰うことになったから」




「早月君」
 隣のおばさんは、影に隠れていた俺に言った。
「本当に、ごめんね。もし邪魔だったら遠慮なく言ってね。何も構うこともないから。ただね、一人だとなかなか勉強進まないみたいで」
 申し訳なさそうな、おばさんの顔。そんな顔でそんなことを言われて「嫌です」と言える隣人は余り居ないのではないか。
「・・・・・・はぁ・・・」
 いや、それにしてもだ。その隣にいる、その娘。何で俺を睨むんだ。おい。俺、何もやってないぞ。まるで俺が悪いみたいに睨みやがって。
「本当に気にしないで」
 その間に、再び母さん登場。彼女は手をヒラヒラさせながら言った。この状態を見る限り、全ての元凶は彼女だと思われる。
「じゃあ、美優ちゃん。むさ苦しいところで悪いけど、どうぞどうぞ」





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